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生きて帰ってきた男―ある日本兵の戦争と戦後 [著]小熊英二

[評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)

[掲載]2015年08月16日

[ジャンル]歴史

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■父が息子に託す、希望こそが指針

 小熊英二という人はどこまでも前向きだ。3・11のあとに反原発デモが高まり、一時は官邸前に20万人が集まったのに、2012年12月の総選挙では自民党が圧勝した。脱力感が漂うなか、著者は選挙の結果だけが民意ではないとして、運動の成果を強調した。
 なぜ自分たちの運動にも問題があったとは考えないのか、この希望を捨てない姿勢はどこから来るのかが、ずっと気になっていた。しかし本書を読み、疑問が氷解した。著者にとっては、父である小熊謙二の生き方こそ、最大の「指針」となってきたのではないかという感を抱いたからだ。
 小熊謙二は1925年に生まれ、戦争末期に召集されて旧満州で終戦を迎えた。戦後はシベリアで抑留生活を送り、帰国してからは結核療養所で過ごし、退所後は高度成長の波に乗ってスポーツ用品店の事業を軌道に乗せた。そして仕事の一線から退くや、同じくシベリアに抑留された中国在住の元日本兵とともに戦後補償裁判を起こしている。
 本書は、こうした父の生涯を息子である著者が長い時間をかけて聞き取ったオーラルヒストリーであり、小熊謙二・英二父子の共著としての性格をもっている。戦中から戦後にかけて、幾度も死の淵(ふち)に立たされながら、そのたびに生還する謙二の生涯は劇的ですらある。シベリア抑留や療養所体験という、これまで必ずしも十分に語られてこなかった戦後史の一証言としても貴重である。
 けれども私には、個々の証言以上に、自らの生涯を振り返った父が、最後に「希望だ。それがあれば、人間は生きていける」と息子に語りかける場面が印象に残った。この「希望」こそ、父が息子に託そうとした最大のメッセージではなかったか——。
 私事で恐縮ながら、著者と私は同じ年齢である。私の父は1931年生まれで召集はされなかったが、東京大空襲で九死に一生を得ている。つまり私たちの世代は、親が何らかの戦争体験をもつ最後の世代に属している。そうした記憶の大部分は、いまだに埋もれたままだ。近現代史の生き証人がごく身近にいることを、本書はまざまざと示したのである。
 革新勢力が強かった東京の西郊で育った点でも、著者と私は共通している。だが小熊家は車を持っており、自由に移動ができた。家の周辺には常に米軍基地があり、著者は戦後史をマクロに眺められる環境で育った。車を持たず、西武バスや西武鉄道がなければ生活が成り立たない団地の立地に深く規定されていた私とは、体験があまりに違っている。「小熊歴史社会学」の原点を知る上でも興味深い一冊といえよう。
    ◇
 岩波新書・1015円/おぐま・えいじ 62年生まれ。慶応大総合政策学部教授。87年に東京大卒業後、出版社勤務を経て、同大大学院博士課程修了。著書に『社会を変えるには』『1968』上・下、『〈民主〉と〈愛国〉』『単一民族神話の起源』など。

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