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戦後日本の宗教史―天皇制・祖先崇拝・新宗教 [著]島田裕巳

[評者]柄谷行人(哲学者)

[掲載]2015年08月23日

[ジャンル]人文

表紙画像

■高度成長で変化、オウム事件の意味

 本書は「戦後日本の宗教史」という題であるが、むしろ、戦後日本の社会史を、宗教、特に新宗教の歴史から見るものだといってよい。時代でいえば、つぎの二つに区分される。戦後灰燼(かいじん)と化した日本経済が高度成長を遂げオイルショックに出会う1973年までと、以後バブルに浮かれながらも、没落の予感の中にあった95年まで。一社会のかくも急激な変化を見る観点はさまざまあるだろうが、新宗教の歴史に的を絞ると、通常見えないものが見えてくる。
 本書は、戦後の新宗教を天皇制と祖先崇拝という軸から考察する。それらは、戦前までの日本の宗教を根本的に規定するものであった。戦後に新宗教をもたらした原因は、何よりも、国家神道に集約される天皇制ファシズムの終焉(しゅうえん)である。新憲法によって信教の自由が保障され、また、天皇の人間宣言がなされたとき興隆したのは、それまで国家神道に抵触するため抑圧されてきた神道系の宗教であった。中でも、踊る宗教で知られた教祖北村サヨは、「皇祖神」を奉じ、現人神(あらひとがみ)の地位を降りた天皇にかわる役割を果たそうとした。
 つぎの段階の新宗教をもたらしたのは、祖先崇拝を事実上不可能にするような社会的変化である。それは1950年代後半から経済的な高度成長とともに生じた。この時期に急激に拡大したのが、戦前に弾圧されていた日蓮宗系の宗派である。中でも、創価学会が目立ったのは、徳川時代以来日本の仏教にあった祖先崇拝のシステムをもたなかったことである。それはたんに教義の問題ではない。仏教という形であれ神道という形であれ、それまで祖先崇拝が存在していたのは、農村・都市の共同体が残っていたからである。創価学会に引き寄せられたのは、主に都市に移動してきた若い貧困層で、共同体とのつながりをもたない人たちであった。
 最後に、70年代に興隆してきた新宗教の特徴は、終末論的だということである。統一教会、幸福の科学、そして、95年に地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教など。これらは高度成長から停滞に向かった社会の不安を反映していた。この「戦後日本の宗教史」は、オウムで終わっている。それは全く正しい。オウムは当時、ロシアに3万人の信者がいたといわれる。それはもはや「戦後日本」に限定される現象ではなかった。オウムの起こした事件は来たるべき戦争に備えるものであった。その意味で、2001年ニューヨークのテロを先取りするものであり、現在のイスラム国(IS)にもつながるものである。のみならず、それは現在の日本国家にもつながっている。
    ◇
 筑摩選書・1836円/しまだ・ひろみ 53年生まれ。宗教学者・作家・東京女子大学非常勤講師。日本女子大学助教授、東京大学先端科学技術センター特任研究員などを歴任。著書に『神も仏も大好きな日本人』『葬式は、要らない』『ほんとうの日蓮』など。


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