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エクソダス症候群 [著]宮内悠介

[評者]島田雅彦(作家・法政大学教授)

[掲載]2015年08月23日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■滅亡への欲動、火星舞台に描く

 産業革命以後、自然を搾取し尽くし、地球環境を悪化させてきたのは人類であるが、一連の科学技術開発の営為そのものが緩慢な滅亡のプロセスでもあった。核兵器や人工知能によって人類が滅ぼされるのも自ら天敵を発明した自業自得の結果である。地球滅亡を見越し、火星への移住も研究されているが、生き残りの想像力を逞(たくま)しくできるのは科学万能主義者だけだろう。
 人を乗せた宇宙船は青い地球の沿岸から離れた経験はない。しかし、火星は遠洋の彼方(かなた)にある。地球はどんどん小さくなり、やがて地球から見た火星のように、その他多くの星に紛れてしまう。孤立無援の宇宙で、宇宙飛行士がいつまで正気を保っていられるか、行ってみなければわからない。NASAでは、データ集めのために、外界との接触を遮断した実験モジュールで、三年間にわたり共同生活をするという過酷な実験が行われたことがあった。七人中五人は深刻な疎外感や被害妄想に悩まされ、記憶喪失に陥ったり、自身のうちに別人格の声を聞いた人もいたという。
 地球から隔絶された場所で人が暮らすにはそれに適した自我の開発が必要で、予想される精神疾患は宇宙精神医学によって管理下に置かれるだろう。だが、本作の設定では、火星開拓地に設置された病院でエクソダス症候群なる病が集団発生する。死の欲動を科学の力で抑えようとしても、人が逸脱と死を求めるのは、生来的にカタストロフ・マニアだからだろう。滅亡の緩やかな行程を嬉々(きき)として辿(たど)る人類のダークサイドを作者は冷徹に突いてくる。
 開拓地での生活、設備にまつわる細部のリアリティは秀逸だが、淡々と並列的に叙述されるスタイル自体が統合失調的で、主観と客観の調和が意図的に崩されているところも注目に値する。火星生まれの主人公の自我を描くためにはこの語り口でなければならない。
    ◇
 東京創元社・1836円/みやうち・ゆうすけ 79年生まれ。『盤上の夜』『ヨハネスブルグの天使たち』。


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