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オープンダイアローグとは何か [著・訳]斎藤環

[評者]大竹昭子(作家)

[掲載]2015年08月30日

[ジャンル]医学・福祉 社会

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■対話の力で治す 希望の鍵は言葉に

 薬物をほとんど使わずに対話の力で統合失調症さえも治す「オープンダイアローグ」という方法がフィンランドで着実に効果をあげ、公的医療の一つとして無料で提供されているという。この治療法を、実践者の論文とともに精神科医の斎藤環氏が紹介している。
 フィンランドと日本では状況がちがうのではと半信半疑だったが、「自閉の利用」で有名な神田橋條治氏に著者が、どう思うかと尋ねた箇所ではっとした。いちばん開いているときだから効くだろう、と氏が即答したというのだ。統合失調症になると自分と他者の境界があいまいになり、考えていることがだだ漏れになったり、他者の考えが入り込んでくるような感覚になる。いわば自己を守る安全弁が機能せずに開放状態になるのだが、開いているゆえに対話が効果を上げるとも考えられる。
 手順としては、患者や家族から相談の連絡が来ると24時間以内に患者本人と家族、医師、看護師、心理士たちが集まり、患者の言葉を聞き考えを交換する。診断ではなく対話の場を持つのだ。
 家族療法に似ていると思うかもしれないが、家族の構造を変えようとはしない。重要なのは「患者の苦しみの意味がよりはっきりするような共通言語」をグループ内で作りあげることで、その手応えが得られるまで繰り返し対話を重ねる。治癒はその副産物としてやってくるのだ。
 根底に言葉への圧倒的な信頼がある。これは沈黙、しぐさ、息づかい、会話のリズム、表情など非言語的なものも含んだ言葉のことだ。分析結果の交換ならスカイプでも出来るが、かけがえのない固有の身体を持ち寄ることが必須であり大きな意味をもつ。対話により個から問題を解き放って、みんなが感じ取れるレベルに昇華するよう場の力に恃(たの)むのだ。
 もし二十歳でこの本に巡(めぐ)り会っていたら、別の人生を歩んでいたかもしれないと思った。学生時代、精神科病院で医療ケースワークの実習をしたが、患者の言葉やしぐさに魅了されてしまい、これでは治療する立場は無理だと諦めたという過去があるのだ。
 完全に健康な人間はいない。いたら人間とは呼べないだろう。病を抱えていても、その症状に煩わされることなく社会生活が送れればいい。それには病理の分析だけでは不十分だ。症状が他者と分かちあわれ人間全体の事象として受け止められたとき、患者のなかに安心感が芽生え、結果として症状が消える。その鍵が言葉にあるという考え方は大きな励ましだ。希望を抱きにくい時代への希望の書であり、教育や介護、ワークショップやトークショーなどにも大きなヒントになるだろう。
    ◇
 医学書院・1944円/さいとう・たまき 61年生まれ。精神科医。専門は引きこもりなど思春期・青年期の精神病理学。爽風会あしたの風クリニック診療部長。『「ひきこもり」救出マニュアル〈実践編〉』『世界が土曜の夜の夢なら』など著書多数。

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