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新版 軍艦武藏(上・下) [著]手塚正己

[評者]荻上チキ(「シノドス」編集長・評論家)

[掲載]2015年08月30日

[ジャンル]歴史 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■訓練や生活を再現、共同体描く

 評者が手塚氏にお会いした時、本作の取材秘話を伺ったことがある。武蔵の元乗員の方に話を聞きに行き、インタビューとして収録した時間は数千時間。文字起こしも自ら行い、膨大な関連資料も収集する。氏はさらに「体験」も重視した。沈没現場の海まで船で向かい、服を着たまま水の中に飛び込み、丸太につかまりながら漂流してみる。あるいは戦死者を多く出したルソン島にて「死の谷」を飲まず食わずで歩いてみる。まさに執念、命を懸けた取材。その渾身(こんしん)の集大成が本書だ。
 『軍艦武藏』は単行本化された後に文庫化され、このたび新版として登場。その間にも大きく加筆・修正が施された。25年以上の時間をかけ、ひとりの人生がつぎ込まれてきた。そんな本書では、上下巻千ページを超える記述のほか、付録として戦没者名簿や武蔵の縮尺図、年表、地図などの資料も多数掲載されている。大作ゆえ、通読して得られる感想はさまざまだろうが、素晴らしいのは何より、「武蔵」という共同体を描き出している点だろう。
 軍艦での生活描写や兵たちのやりとりの再現が文章の多くを占める。なるほど、多くの兵にとって、戦争体験のうち「戦闘体験」はわずかな時間であって、多くの時間は共同体の中での訓練や生活に費やされる。もちろん本書においては、作戦や戦闘の描写も丹念ではある。だが本書の役割は決して、軍艦としてのスペックを再現することにあるのではない。兵たちがなぜ武蔵に乗り、どう暮らし、轟沈(ごうちん)後はいかにして生き延びたのか。人々の息遣いを通じて、存在としての武蔵、体験としての武蔵が、多角的・立体的によみがえってくる。
 2015年。戦後70年という節目の年。フィリピン・シブヤン海の底にて、沈んでいた武蔵が発見された。それ以前より武蔵の証言をサルベージしてきた手塚氏の仕事に、心からの敬意を表したい。
    ◇
 太田出版・上下各2916円/てづか・まさみ 46年生まれ。長編ドキュメンタリー映画『軍艦武蔵』を製作監督。

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