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竹内敏晴 [著]今野哲男

[評者]宮沢章夫(劇作家・演出家)

[掲載]2015年08月30日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■要約を拒否した「新しい人」の姿

 六〇年代演劇の、そのひとつ前の世代として、「代々木小劇場=演劇集団・変身」の創作活動ののち、「竹内演劇教室」という場で、「からだ」への思考を深め、特別なレッスン空間を中心に、それを演劇のみならず思想のレベルにまで高めた竹内敏晴の評伝である。
 これまでも、竹内敏晴によって書かれた著作、竹内が語る「からだ」についての考えに触れてきた。正直、それらの言葉には、正しく理解したのか不安にさせる「なにか」があった。そのことを著者は、人や概念を「要約すること/されること」こそ竹内が拒否するものだったこと、単純化した理解こそ、竹内的ではないと強調する。
 本書によって竹内敏晴の姿がいくつもの側面から描かれる。それは同時に、著者自身と、私たちの「からだ」を語ることになると読める。
 竹内敏晴をどう語るか、竹内が、最後まで考え続けた身体論からなにを学んだか、本書の大きな意味は、著者が近くにいたからこそ可能だった客観的視点による、竹内レッスンの核へのアプローチだ。筆者は竹内が望んだように、単純にそれをまとめ、紹介するのではなく、深いところから竹内の姿と、竹内が舞台創作からレッスンの場へ活動の中心を変えていった意味を問う。六〇年代の演劇変革の背後には政治性の対立の図が浮かぶが、竹内が語ったという「新しい人」は、それらとも異なる場所から生起した。そこに、竹内敏晴を理解する手がかりがある。竹内が幼少の頃より抱えていた耳の病によって声を失った経験を見据えた上で、けれどまた生まれ変わることのできた竹内の、生み出しては壊すことで前方へ身を乗り出す、「新しい人」の姿を、やはり要約ではない方法で語る。それでようやく、竹内敏晴という特別な存在を読者は理解できる。
 そこからなにを継承するかを本書は問う。
    ◇
 言視舎・3132円/こんの・てつお 53年生まれ。編集者・ライター。78年、竹内敏晴演劇研究所に入所。

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