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中谷宇吉郎—人の役に立つ研究をせよ [著]杉山滋郎

[評者]佐倉統(東京大学大学院情報学環長・科学技術社会論)

[掲載]2015年09月06日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■雪氷の科学者の意外な一面

 「雪は天から送られた手紙である」。中谷宇吉郎といえばこの一節。世界に冠たる雪氷の研究者だ。彼と同じ北海道大学で教鞭(きょうべん)をとっていた科学史家の筆になるこの評伝は、地の利を活(い)かして新資料を駆使し、今まであまり知られていなかった中谷の素顔を明らかにすることに成功した。
 中谷の著作や既出の伝記からは、むしろ怜悧(れいり)で透徹した知性の持ち主というイメージが強いが、この本で著者・杉山が描き出したのは、活動的で「やり手」のプロデューサーとしての中谷である。
 戦時中は、基礎研究ではあるが軍とも密接に協力していたし、戦後の日本初の深海調査船も中谷がプロデュースした。積極的にあちこち飛び回り、知人にかけあって予算を獲得し、研究環境を整備していく中谷の姿が浮かび上がってくる。明朗で快活な性格も幸いしたのだろう。ときに粘り強く、ときに搦(から)め手から、手を替え品を替え、夢をかなえていくさまは圧巻である。
 ある意味、強引な辣腕(らつわん)を駆使していたわけで、当時は批判する向きもあったようだ。しかし彼自身の生涯を通してみると、権力におもねったり大衆人気に媚(こ)びへつらったりした印象はほとんどない。著者も指摘しているように、すべてが中谷自身の知的好奇心から発しているからであろう。予算や権力を獲得するためではなく、純粋に、自分の興味関心を実現するために彼は動く。戦前から戦中、戦後へと、社会の仕組みは大きく変わっても、中谷自身の軸はまったくぶれていない。その様には爽快感すら覚える。
 科学者としての専門性と社会的活動を両立させるためには何が重要か。当時と今とでは、経済の規模も知識人層の人数も大きく異なる。だが、時代は変わっても中谷の行動から学ぶべきことは多い。このような先達を持ち得たことを、そしてその姿を伝えてくれる書き手がいたことを、深く感謝したい。
    ◇
 ミネルヴァ書房・3780円/すぎやま・しげお 50年生まれ。北海道大学名誉教授(科学史)。『日本の近代科学史』

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