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神秘列車 [著]甘耀明

[評者]中村和恵(詩人・明治大学教授・比較文学)

[掲載]2015年09月06日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■浮気な神さま、懐かしい郷土

 台湾の現代作家、甘耀明(カンヤオミン)の短編集。生まれ故郷の苗栗(ミャオリー)県が主な舞台だ。土地の神さま・伯公(バッゴン)の夜遊びを止めようと(!?)、廟にお妾(めかけ)さんの神像を迎え入れる村長。とめどなくズルズル喋りつづける素麺婆(そうめんばあ)ちゃんと、彼女の受け皿である洗面器おじさん。山の獲物を売る漢人と、そこに集まる先住諸民族。不思議な伝説や箴言(しんげん)を語り、にょきにょき伸びていくお話の木にアメリカのロケットやアントニオ猪木まで接ぎ木してしまう、そんな超ローカルで魔術的、なのにごくリアルでグローバルな人々の物語。魅了される。
 前書きによれば、作家の祖母は客家(はっか)人だが、先住民族の住む山地から嫁いできたそうだ。隣人の物語を彼女は自然と聞きおぼえたのだろう。甘耀明の文体は客家語を多用するだけでなく、台湾の多民族多言語文化をよく反映し、複合的であるという。最初はやや生硬に感じた訳文も、漢字文化を共有する日本人ならではの手法で原文の特徴を巧みに伝えていることが次第にわかり、とても楽しくなった。
 祖父が乗ったという幻の列車を少年が探しに行く表題作は、政治の暴力による家族の分断を一瞬の美しい映像に凝縮し、映画のよう。しかしやはり「伯公、妾を娶(めと)る」のわけのわからなさがわたしにはおもしろい。浮気な神さまに村人たちは大笑い、口が「茶碗くらいに大きくなって、おかずなしでもご飯を蒸籠(せいろ)三つ分はゆうに平らげそう」。だが客家の伯公は、大陸中国の福建からきたお妾さんとはことばが通じないことが発覚。大問題だ! しかし目下、小学校では外国人花嫁のための客家語クラスで「ベトナム、インドネシア、タイ、マレーシア、ミャンマー、カンボジア、大陸など八か国女性部隊」が勉強中。伯公のお妾さんもここで勉強すればいいのだ。
 大きく変化しながらも物語をつないでいく人々がいる。懐かしい郷土が続いていくとはそういうことなのですね。
    ◇
 白水紀子訳、白水社・2052円/カン・ヤオミン 72年生まれ。台湾の作家。『殺鬼(鬼殺し)』が来年、邦訳予定。

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