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日本鉄道歌謡史―1 鉄道開業〜第二次世界大戦、2 戦後復興〜東日本大震災 [著]松村洋

[評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)

[掲載]2015年09月20日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■国土意識を形成、民衆の声も代弁

 キューロクが9600形蒸気機関車の愛称であることを知っている人は、よほどのマニアだろう。本書の冒頭で、著者は八高線にキューロクやデコイチ(D51形蒸気機関車)の撮影に出掛けた過去を懐かしげに語っている。明治から現代までの鉄道を題材とする流行歌や愛唱歌を手掛かりに、この国の人びとが体験した近代化の諸相を探ろうとする本書の原点には、首都圏でSLがなくなる時期に少年時代を過ごした著者の体験があったのがわかる。
 本書が2冊の構成からなっていることからも察しがつくように、鉄道が出てくる歌は実に多い。明治時代には、「鉄道唱歌」や「電車唱歌」のように、沿線の地名や名所を連ねて歌う唱歌がつくられた。こうした唱歌を繰り返し歌うことで、日本国の国土や帝都東京に対する空間意識が形成されたと著者は指摘する。
 だが、歌が常にナショナリズムや天皇制と一体だったわけではない。例えば、出征に伴う別れを歌った流行歌がある。「軍国の母」に、著者は「戦場に息子を送り出したくないという母親の心情」を聴きとろうとする。言論の自由が極端に制限された時代のなかで、歌は表向き国家に従いつつ、公然とは語られない民衆の声を代弁する場合もあったのだ。
 駅での別れは、出征だけに限らない。戦後も集団就職に伴う上京や恋人との別離など、しばしば別れが歌われた。本書で言及される「ああ上野駅」や「津軽海峡・冬景色」はその典型である。どちらも東京駅でなく上野駅、新幹線でなく上野発着の夜行列車が歌われている。上野駅や夜行列車には、国家の中心たるべき東京駅や高度成長の象徴というべき新幹線にはない、流行歌を生みだす磁場や磁力があったのである。
 本書で新幹線が出てくる歌は、「シンデレラ・エクスプレス」しかない。平成になると、東京駅を中心とする新幹線網が全国的に確立される一方、上野は単なる通過駅となり、上野発着の夜行列車の全廃も決まった。それが日本鉄道歌謡史の上でいかに大きな変化をもたらすことになったかを、著者は静かに訴えかけている。
 最後に著者は、東日本大震災が与えた衝撃について紙幅を費やしている。本書のテーマからはやや外れることを承知の上で書かずにはいられなかったのは、大量の電力を消費する点で、原発の再稼働と親和性が高いリニア中央新幹線に対する危惧があるからだと思われる。鉄道のサービスが速さと効率へと集約されるその果てにあるのは、明治以来受け継がれてきた一つの文化の死滅にほかならない——こんな読後感が、重くずっしりと残った。
    ◇
 みすず書房・1=4104円、2=4536円/まつむら・ひろし 52年生まれ。音楽評論家。ポピュラー音楽全般、とくに沖縄や東南アジアの音楽文化、日本流行歌史などを考察。著書に『ワールド・ミュージック宣言』『アジアうた街道』『唄に聴く沖縄』など。

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