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ケネディはベトナムにどう向き合ったか [著]松岡完

[評者]武田徹(評論家・ジャーナリスト)

[掲載]2015年09月20日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■米国が仕掛けたもう一つの戦争

 1963年5月8日、古都フエで政府と仏教徒の衝突が起きる。ベトナム共和国(南ベトナム)のゴ・ジン・ジェム政権はそこから崩壊に向けて転げ落ち始め、軍のクーデターでジェムと、実質的に権力を独占していた弟のニューが11月2日に殺害される。
 この政変はアメリカの影響下で起きた。共産主義勢力と共に戦っていたはずのケネディとジェムが水面下で繰り広げていた「戦争の中の戦争」を本書は描き出す。
 圧倒されるのは記述の精密さだ。体制への反発感情の高まりを恐れて米国は軌道修正を求めるが、ジェムとニューに手綱をうまくかけられない。一方、米国側の内部でも大統領と駐越大使、CIA等の間で不協和音が生じていたし、もはや政権交代もやむなしとする米側の意向を受けた南ベトナム軍の将軍たちの思惑も複雑だった。こうした入り組んだ権力構造はクーデター後に更なる混乱を招き、ベトナム戦争の泥沼化を深める遠因となってゆく。
 約半世紀前の半年間に起きていた「太平洋を挟んだ暗闘」を日録のように細かく再現できたのはケネディ政権のベトナム政策を長く研究してきた著者ならではだが、研究に応える資料の蓄積があった事情も大きい。政府関係者の著作や公文書も網羅されるが、デイビッド・ハルバースタムやニール・シーハンらジャーナリストの仕事が多く引かれているのも印象的だ。脂の乗った時期の米国ジャーナリズムが後世の歴史研究に堪える深度と精度で同時代を報道していた証左と言える。
 もちろん米国の「冷戦外交」はベトナムだけを対象にしていたわけではない。たとえば日本の60年安保反対運動や岸信介首相退陣要求を巡っても日米間でなんらかのやり取りが水面下であったのではないか。ベトナム戦争史の研究水準が上がると、翻って十分に調査がなされていない空白が改めて気になり始める。
    ◇
 ミネルヴァ書房・3456円/まつおか・ひろし 57年生まれ。筑波大学教授(アメリカ外交史)。『ケネディと冷戦』

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