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聞き書―緒方貞子回顧録 [編]野林健、納家政嗣

[評者]吉岡桂子(本社編集委員)

[掲載]2015年09月20日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■「人道」と「現実」、タフに融合

 それにしても、タフな人である。好きなジントニックを一、二杯飲めば、眠れない夜はなかったそうだ。
 イラン、トルコ、ボスニア、セルビア、ルワンダ……。国連難民高等弁務官(UNHCR)として1991〜2000年までの十年、地域紛争や内戦で難民が大量に流出する各地を、防弾チョッキを着て飛び回ったころも。
 当時の記録は自著を含めてすでにあるが、本書は生い立ちから満州事変研究を出発点とした国際政治学者としての歩みを含めて書かれている。ふたりの教え子による延べ30時間の聞き取りをまとめたものだ。
 昭和初期に首相を務めた犬養毅を曽祖父にもち、祖父はその内閣で外相、父親も外交官。太平洋戦争や日中戦争が重なる幼少期を米国や中国で過ごした。育った時代と家庭環境を背景にした経験にタフさが加わり、徹底した人道主義と現実主義を備えた「緒方貞子」になっていく過程が語られる。編者はあとがきで、「柔軟だが透徹したリアリスト」と評している。
 緒方氏は、国家中心の安全保障に代わる概念として、紛争や貧困などあらゆる脅威から人々の生存や尊厳を守る「人間の安全保障」の重要性を提起したことで知られる。国家の枠組みから外れた難民を支援する現場の実践から生まれたものだ。「人道主義と政治的リアリズム」を共存、融合させる姿勢は、欧州でまさにいま起きている難民の問題への対処はもちろん、日本の今後への示唆に富む。
 いまの日本の対外関係が抱える最も重要な課題として、中国をあげる。「中国とどう付き合うのか」は、実は「日本が自分の国とどう向き合うか」と同じ問いだ、と。
 日中戦争の時代から始まる本書は、中国を再び課題として閉じる。全体を通じて、回顧でありながら、未来へとつながる言葉がちりばめられている。
    ◇
 岩波書店・2808円/おがた・さだこ 27年生まれ◇のばやし・たけし、なや・まさつぐ ともに一橋大学名誉教授。

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