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吾輩は猫画家である―ルイス・ウェイン伝 [著]南條竹則

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2015年09月20日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能 新書

表紙画像

■漱石も見た?「猫たちの楽園」

 本書の主人公ルイス・ウェインは、夏目漱石が留学したころの英国で人気絶頂だった挿絵画家で、「吾輩(わがはい)は猫である」に貢献したかもしれないと知れば、多少の好奇心も湧いてこよう。
 猫博士でもあるウェインは猫を愛する人は「素直な優しい気性」で神経病にかからないと、愛猫家にとって嬉(うれ)しいことを言ってくれる。実際、かれは我欲のない人間に映る。彼にはピーターという飼い猫の霊感が、運命の源泉になっていたようである。
 本書の3分の2以上を埋める猫の挿絵を見てみよう。ほとんどの猫は四頭身で二足歩行。その表情は人間同様、如何(いか)なる感情をも表現する。多くの猫は素裸のままで、特に職業や地位を表す場面のみ衣服を着用する。たいていが裸足だが、時には靴を履く。
 しかし、どこを探しても人間の姿は見当たらない。まるである日突然、人間が猫に化けたか、猫に殺されたか、要するに人間は地上から消えてしまったことだけは確かだ。そして猫の生活様式や環境は人間社会をそのまま踏襲し、特に猫の文明や文化が持ち込まれた気配もない。
 さて、一世を風靡(ふうび)した猫画家ウェインだが、その晩年に近づくに従って家庭生活に暗い影が宿り始め、かつて「愛猫家は神経病にかからない」と言っていたにもかかわらずウェイン自身が心の病に侵されて、精神病院で生涯を終えることになる。
 そして、「陰険な、悪意を帯びたような」猫の絵はアールブリュット風サイケデリックな芸術的?作風に変容。「万華鏡猫」と呼ばれる一連の絵に以前のような売り絵の大衆性はもはや失われ、そこには猫の習性同様、わがままで自由な精神の世界で勝手気儘(きまま)に戯れている猫に変身したウェインがいるだけだ。
 原色の自作を「猫たちの楽園」とウェインが言うように、彼自身も自由の楽園の住人になったのであろうか。
    ◇
 集英社新書ヴィジュアル版・1296円/なんじょう・たけのり 58年生まれ。作家。『人生はうしろ向きに』など。

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