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ニッポン大音頭時代―「東京音頭」から始まる流行音楽のかたち [著]大石始

[評者]宮沢章夫(劇作家・演出家)

[掲載]2015年09月27日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■時代に求められた陽気なダンス音楽

 民謡として歌い継がれた「伝承音頭」と、その後生まれた「新作音頭」のあいだに線を引き、まず著者は、「新作音頭」を象徴する作曲家、中山晋平に焦点をあてる。
 中山の代表曲は、誰もがよく知る「東京音頭」だ。新作音頭の誕生には、故郷を持たぬ都市住民にとっての、盆踊りという「輪」を作ること、つまりコミュニティの新たな形成という意味があったし、夏の一夜の享楽を求める気分もきっとあった。けれど、「東京音頭」が大ヒットした時代の空気を考えると、この歌と踊りの存在はひどく奇妙だ。いまとなっては、どこか滑稽味も感じる「ドドンガドン」の音頭のリズムを、なぜこの時代の人々が求めたのか。発表されたのは一九三三年(昭和八年)だ。満州事変ののち、満州国建国をきっかけに日本が国際連盟を脱退した年だ。この国が戦争に向けて大きく動いた年に、なぜ、「東京音頭」のような、ご陽気な音楽が生まれたか。豊富な音源や資料をもとに「東京音頭」の意味が解かれるが、そこに学術的な重さはない。「炭坑節」を、「ダンス・ナンバー」として「完璧だ」と書くように、ロックンロールやディスコに限定せず、音頭もまた、きわめてすぐれたダンスミュージックだと書く柔軟さが著者にはある。
 かつて大瀧詠一は、自身が作った「日本ポップス伝」という、日本の歌謡の系譜をたどるラジオ番組を「総論」だと語って、「各論」をまとめる作業を予告したが、突然の死によってそれは適(かな)わなかった。けれど、この数年、大瀧とは異なる視点による「各論」ともいうべき書籍が立て続けに発表されたのは、ただの偶然とは思えない。輪島裕介の「演歌」や「リズム」、辻田真佐憲の「軍歌」、そして本書の「音頭」と並べたとき、それぞれの著者に共通しているのは、30〜40代とまだ若いことだ。この国の歌謡を「各論」として新しい視点から解く手つきがある。
 さらに本書は、「音頭」がどのように誕生したかという音楽論として、あるいは、高度成長期以降、ニュータウンを中心にした地域振興を目的として音頭が生まれる傾向を語る都市論として読むこともできる。つまりそれは、盆踊りが作る「輪」の変化のことではないか。時代ごとに「輪」の性格は変わる。古賀政男が作曲した「東京五輪音頭」、大瀧詠一の「ナイアガラ音頭」、大友良英の「ええじゃないか音頭」と、具体例を少し挙げただけでもそのことがわかる。
 けれど、「輪」の姿がどんなに変わっても、「音頭」がいまだに作られるのは、この国の人々を魅了してやまない、享楽とセクシーさがあるからにちがいない。
    ◇
 河出書房新社・2376円/おおいし・はじめ 75年生まれ。ライター・編集者。世界の大衆音楽や日本の祭り・伝統芸能を訪ね歩く。著書に『関東ラガマフィン』、編著書に『大韓ロック探訪記』。旅と祭りの編集プロダクション「B.O.N」所属。

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