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砂の街路図 [著]佐々木譲

[評者]本郷和人(東京大学教授・日本中世史)

[掲載]2015年09月27日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■時間が止まり、静寂な街に靴音が

 主人公は32歳、東京の高校の国語教師。2カ月前に母が亡くなり、遺品には亡き父に関するものがあった。横浜生まれの父は北海道の郡府(ぐんぷ)の大学に学んだ。卒業後は東京で堅実に働き、良き家庭人であった。ところが20年前、多くを語らず郡府に行き、同地で水死体となって発見された。警察は事故と判断したが、主人公は割り切れぬ思いをもった。父はいったい何をしにこの街に向かったのか。父の過去に何があったのか。主人公はひとり郡府を訪れる。
 舞台となる郡府は想像の産物であり、「品のいい老嬢」と形容される「時間が止まった」街である。二つの大学を擁し、路面電車が通り、歴史的にロシアとのつながりが深く露人街がある。細密に描写されるその町並みを巡り、住人と関わりを持ちながら、主人公は父の謎を追っていく。
 著者の佐々木譲は言わずと知れた、とびきりのストーリーテラー。幅広いジャンルを手がけ、2010年には円熟の筆の冴(さ)えに対して直木賞を受けている。主に北海道を舞台に展開する物語は、読み手を夢中にさせずにおかない。
 ……と紹介してきて、妙なことに気づいた。熱烈な佐々木ファンたる私が、いま何故(なぜ)はしゃがず、淡々と、文章を書いているのか……? そうか、それは本書が異色作であるからだ。波瀾万丈(はらんばんじょう)の事件と熱い男(と女)の躍動を活写する佐々木作品と、今作は趣を異にする。石の街路に革靴の音がコツコツと響く。本書はそうした静寂の中にある。
 「主人公の父」は佐々木と同年齢。不思議な幽霊船も夢幻のごとく現れる……。もしかしたら、精力的に走り続けてきた佐々木は郡府にしばしの憩いを求め、来し方を見つめているのではないか。そしてそこでの思索をもとに、新しい分野に踏み出そうとしているのかもしれない。この予測が的外れでないならば、本作はまさに分水嶺(ぶんすいれい)となる。見逃すことは、ますますできない。
    ◇
 小学館・1620円/ささき・じょう 50年生まれ。『廃墟に乞う』で直木賞。『エトロフ発緊急電』『警官の血』など。

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