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ピンポン外交の陰にいたスパイ [著]ニコラス・グリフィン

[評者]吉岡桂子(本社編集委員)

[掲載]2015年09月27日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■米、英、中、ソの劇場 脇役に日本も

 日本語に「ショック」という言葉が加わったのは、その瞬間だった——。
 この一文には苦笑いした。1971年7月、米国のニクソン大統領が訪中計画を緊急発表した時のことだ。冷戦下で反共ブームに染まっていたはずの米国と、文化大革命の大混乱にあった中国の急接近は、日本をふくむ世界の対中外交を塗り替えた。
 本書は、その導火線となった「ピンポン外交」にかかわる男たちの物語である。前半の主役は、英国貴族のアイヴァー・モンタギュー。ヒチコックの映画制作にもかかわった早熟の御曹司は、なぜか学生時代から共産主義にのめり込む。政治思想を広める道具として、英国生まれの卓球に目をつけ、ルールを作り、国際組織を立ち上げる。
 「インテリゲンツィア(知識階級)」というコードネームを持つソ連のスパイとなった彼は、卓球の普及を掲げて冷戦下の東西両陣営をすいすいと往来する。そこに目をつけたのが中国だ。国内の労働者の団結や統制を超えて国際政治に活用できるスポーツとして、卓球を選ぶ。
 米中国交回復前後を描いた後半の主役は、両国の政治家や代表選手だ。卓球をソフトパワーとして使いこなした周恩来首相の外交手腕に舌を巻く一方、そのことが大躍進や文革を世界の視線からそらし、悲劇を拡大した皮肉も感じた。名古屋で開かれた世界選手権で握手を交わし、ピンポン外交の立役者となった二人のその後も、印象的だ。グレン・コーワンは精神を患い、荘則棟は政治への野心を燃やし、そして失脚した。
 米国、英国、ソ連に中国という大国がそろうピンポン劇場に、日本も渋い脇役として随所に登場する。敗戦国日本の卓球の躍進が中国を刺激したり、日本選手が周首相を執務室に直接訪ねたりと、興味深いエピソードにでくわす。卓球が転がした歴史の妙を味わえる本だ。
    ◇
 五十嵐加奈子訳、柏書房・2808円/Nicholas Griffin 英国生まれ、米国在住の作家・ジャーナリスト。

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