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写真幻想 [著]ピエール・マッコルラン

[評者]大竹昭子(作家)

[掲載]2015年09月27日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■無意識写す「道具による文学」

 「写真は文学にもっとも近い芸術なのです。」という帯の引用文にえっ!と驚く人が多いのではないか。写真と文学はむしろ遠いというのが現代の感覚だろう。
 ピエール・マッコルランは澁澤龍彦や生田耕作らが愛した文学者。とはいえ本国フランスでも忘れられかけている。なにせ手がけたものが多い。小説、詩、ルポ、イラスト、評論、作詞、そして写真……。やりすぎて印象が薄れたのかもしれない。
 本書はそのマッコルランが両大戦間に書いた写真関係の文章を集めたもので、本人が撮影した写真も載っている。
 「写真は今日、もっとも完成した芸術であり、幻想と、われわれを取り巻く雰囲気のなかの、そして人間の人格のなかの奇妙にも非人間的な要素の実現に適している」
 絵画と違い、機械が写すゆえに写真は非人間的なものを暴きだす。ならば、それに「近い」文学とは?「強力だが不完全な動機」が供給するエネルギーで「物事の限界を超えたいと思う人間に誘いかける」行為。つまり無意識の領域をも射程に入れた創造という点が両者の「近さ」なのである。
 「写真の力強さは、一枚の絵やデッサン画を見るのにかかる時間より長い時間見ていられることにある」という言葉は画家の反発を買いそうだけれど、現代風に言えば写真は絵画より情報量が多いということ。時を止めて肉眼に見えない物の姿を写しだす、「道具による文学」なのだ。
 アジェ、ケルテス、マン・レイ、クリュルなどの写真が文学的創造力を駆使して他のジャンルとの比較において考察されるのは、さすがボーダーレスの人だが、見逃せないのは彼が見ていたのはモノクロ写真だということ。色がないゆえに想念が広がる。これもまた文学の想像力に近いと言える。カラーの時代になって写真と文学の関係は遠ざかっていったのだ。
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 昼間賢訳、平凡社・3456円/Pierre Mac Orlan 1882〜1970年。著書に『恋する潜水艦』など。

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