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新宗教と総力戦 [著]永岡崇

[評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)

[掲載]2015年10月18日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■天理教と国家の関係をさぐる

 幕末以降、日本では新たな宗教が次々と起こった。本書が対象とする天理教もその一つであり、昭和初期には新宗教のなかでも最大の教団へと発展する。しかし、これまでの研究では大本(いわゆる大本教)や天理教から分派した天理研究会(現・ほんみち)のような、国家と対立して弾圧された教団が学者や作家に高く評価されてきた。
 それらとは対照的に見えるのが天理教である。明治期に政府の公認を受け、昭和になると全面的に戦争に協力したからだ。2度も弾圧された大本に比べて天理教の研究が目立たないのもうなずけよう。だが本書を読むと、決してはじめから体制寄りだったわけではなく、教祖の中山みきからひ孫の中山正善へと受け継がれる過程で、天理教の教義や信仰の形態が不断に変容していったことがわかる。
 とりわけ大きな変化が起こったのが戦中期である。本来は勤労奉仕を意味する教団用語「ひのきしん」の意味が拡大され、戦時体制への動員が正当化された。例えば炭坑には毎日1万人を超える信者が入り、体制を底辺で支える役割を果たした。天理教は明治以来の教義や信仰を変容させることで、「聖戦」のイデオロギーを下からつくり出したのだ。だが他方、こうした変容について行けず、教団を離れる信者も戦中から戦後にかけて激増した。
 したがって著者は、教団の国家本位の立場はあくまでもたてまえにすぎず、それとは別に信仰次元で本来の立場があるとする「二重構造」論を批判する。その批判の射程は、「二重構造」論を採用する戦後の天理教の歴史認識にまでおよんでいる。
 本書によって、私は初めて天理教の歩みをきちんと認識できた気がする。いや天理教だけではない。近代日本の新宗教全体の国家や戦争との関係をめぐる視座を与えられたように思う。恐るべき若手研究者が現れたものである。
    ◇
 名古屋大学出版会・5832円/ながおか・たかし 81年生まれ。日本学術振興会特別研究員、博士(文学)。

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