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Masato [著]岩城けい

[評者]星野智幸(小説家)

[掲載]2015年10月18日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■異国の地、母の孤独と子の成長

 タイトルでもある語り手の真人は、父親の転勤により、12歳前後でオーストラリアに引っ越し、英語ができれば将来有利だからという理由で、現地の小学校に入れられる。最初は話せずにからかわれた英語も、子ども特有の吸収力でたちまち使いこなし、友だちもできてサッカーチームに加入するなど、急速に現地に馴染(なじ)んでいく。
 だがこの作品の本当の主人公は、どこにも属せなくなる母親の遼子である。夫の海外転勤のために仕事を辞めたものの、日々は駐在員の奥様方とのつきあいばかり、使わないので英語は上達せず、真人の学校の先生たちとの意思疎通もままならない。
 読み書きの問題により真人の成績が低下していることと、日本語力が低下し始めたこととで、遼子は真人を日本の側に奪回しようとする。中学から日本に戻れるよう、サッカーを禁じて日本語の補習教室に通わせる。そこで真人が知り合うのは、自分と同じような、内面が半ば現地人化している子どもたちだった。そのさまは、どんな場面で英語が自然に出てしまうかの書き分けに、リアルに表される。真人の曖昧(あいまい)な立ち位置は、友だちからの呼び名「マット」と、母からの呼び名「まあくん」に示されもする。
 かくして、真人と母親の間には理解のできない隔たりが開く。さらに夫は真人に理解を示すものだから、遼子はすっかり孤立する。その背後に、遼子を追いつめた日本社会の同調圧力が、透かし絵のように書き込まれる。
 多感な年齢の真人がオーストラリアの自由な空気を吸って伸び伸びと成長していくさまと、遼子の窒息しそうな痛々しいまでの孤独との対比が、読む者の胸を締めつける。だが、書き手の言葉は優しく繊細で、誰をも断罪することなく、喜び悲しみに寄り添う。現実の明暗を直視しながら、なお明るさを失わない強さが印象的だ。
    ◇
 集英社・1296円/いわき・けい 71年生まれ。大学卒業後に渡豪。『さようなら、オレンジ』で太宰治賞、大江健三郎賞。

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