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介護民俗学へようこそ!—「すまいるほーむ」の物語 [著]六車由実

[評者]本郷和人(東京大学教授・日本中世史)

[掲載]2015年10月18日

[ジャンル]社会

表紙画像

■「聞き書き」を活かし、共生目指す

 著者は気鋭の民俗学者でありつつ、介護の現場で働いている。彼女は今、沼津市のデイサービス、すまいるほーむの管理者を務める。同所には15人のお年寄りが登録していて、かわるがわるやって来ては入浴・食事・娯楽などのサービスを利用し、一日を楽しくすごしている。
 著者はお年寄りを対象として、民俗学の手法である「聞き書き」を試みる。彼ら彼女らが語り出す、忘れられない思い出の味、戦争体験、過ぎ去りし昭和の生活、おおらかで切ない恋バナ……それらが介護の様々な場面に活(い)かされたとき、認知症の老人も、つらい労働をこなすスタッフも、生き生きとした表情を取り戻していく。介護者と被介護者が同じ地平に立ち、「共に生きる」ことを目指す。これが著者のいう「介護民俗学」であり、その成果である。
 江戸幕府の重職は「大老」に「老中」。各藩のそれは「家老」。訓はみな「おとな」。経験知が重視される前近代では、老人は社会のリーダーであった。老人になるとは、人として成熟することであった。だが産業社会である現代、経験知は価値を減じ、技術知が優先される。「老い」は尊敬の対象たり得ない。
 多くの苦難を経験しながら生きぬいた老人が疎外され、介護が政府の冷徹な「対処すべき課題」と化する。それはあまりに酷だ、と著者は訴える。教員という職業柄、高齢者層と若年層の世代間格差(若者は年金をもらえるかどうかすら定かではない)を意識する機会の多い私は、実は著者の主張を十分に理解できていない。老人がすばらしい理由として「お年寄りを大切にしよう」以上の論理を読み取れず、有限の富の分配をどうするか、技術知重視の産業社会を維持するのか変えるのか、というところで立ち停(ど)まってしまう。だが、だれもが「老い」ていくことは疑いない。本書を熟読し、介護について改めて考えよう。
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 新潮社・1620円/むぐるま・ゆみ 70年生まれ。社会福祉士、介護福祉士。『神、人を喰う』でサントリー学芸賞。

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