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小川洋子「琥珀のまたたき」書評 脆くはかない人間の生の輝き

評者: 蜂飼耳 / 朝⽇新聞掲載:2015年10月25日
琥珀のまたたき 著者:小川 洋子 出版社:講談社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784062196659
発売⽇: 2015/09/10
サイズ: 20cm/317p

琥珀のまたたき [著]小川洋子

 母が作り出した閉塞(へいそく)的な環境で、子どもたちはどのように生き、育つのか。小川洋子の長編小説『琥珀(こはく)のまたたき』は、その環境での日々とやがて訪れる崩壊を、何かを糾弾する視点からは離れた方法によって描く。
 四人の子どものうち、妹が病で命を落とす。それを機に母は引っ越しを決意する。行き先は、父が残した別荘。母のアイデアで、子どもたちは『こども理科図鑑』のページを指さして自分の新たな名前を決める。三人はオパール、琥珀、瑪瑙(めのう)となる。「壁の外には出られません」。母の決めたルールは他にもある。小さな声で話すことなどだ。
 子どもたちが母に逆らわないのは、妹の死という衝撃を共有しているからでもある。外界からほとんど遮断された場でも、遊びは次々と編み出され、物語が生まれる。どんなに閉じられている場にも、想像の自由はある。
 庭の雑草を食べるために連れて来られるロバのボイラー。自転車に品物を積んで訪れるよろず屋ジョー。外の空気を運び入れるものにも触れて、子どもたちはそれぞれ成長する。最初は完璧な均衡を見せていたかのような環境が、少しずつ綻(ほころ)びる。いつまでも子どもたちと閉じこもっていたい。そんな母の願望は、打ち砕かれる。
 この小説は、アンバー氏と呼ばれる晩年の琥珀の姿も捉える。「芸術の館」に暮らす氏は、図鑑の片隅に描いた絵を「一瞬の展覧会」として人々に見せる。それは家族との過去を思い起こさせるものであり、氏にとって、とても大切な営みだ。氏は自らを琥珀に閉じ込めているのだろう。容赦ない変化に対する、無自覚な抵抗のかたち。
 地層の中でゆっくりと形を成し、いつか掘り出されるもの。三人の鉱物や化石の名には、時間の手に握られている人間の脆(もろ)さ、はかなさがある。ひっそりとした生の輝きを、物語の器が受けとめる。
    ◇
 講談社・1620円/おがわ・ようこ 62年生まれ。『博士の愛した数式』で本屋大賞。『薬指の標本』『ことり』など。