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ルシファー・エフェクト―ふつうの人が悪魔に変わるとき [著]フィリップ・ジンバルドー

[評者]荻上チキ(「シノドス」編集長・評論家)

[掲載]2015年11月01日

[ジャンル]人文

表紙画像

■「悪の凡庸さ」にあらがうために
 スタンフォード監獄実験。非常に有名な心理学実験だ。被験者を看守と受刑者とに分け、刑務所に模した施設で過ごさせる。役を演じているうちに看守は傍若無人に、受刑者は従順かつ無力に振る舞うようになっていった。
 この実験の考案者であるジンバルドーの大著は、大きく4パートに分けられている。実験の全容を分析するパート。類似の社会実験を紹介するパート。イラクのアブグレイブ刑務所で起こった、イラク兵士に対する米兵の拷問の背景を分析するパート。そして、これらの分析を社会においていかに生かすべきかを論じたパートだ。
 本書では、ハンナ・アーレントの言葉が繰り返し引用される。アーレントはユダヤ人虐殺を手掛けたアイヒマンの姿に「悪の凡庸さ」を見いだした。残虐な行為は、悪魔のような人間が引き起こすのではない。凡庸な人間が「状況の力」によって悪魔のような行為に手を染めるのだ、と。
 ジンバルドーは、スタンフォード実験とアブグレイブ刑務所との間に類似点を見いだしていく。没個性化されやすい環境、監督者の目の緩さ、退屈さ。そして、本書は次のような結論にたどり着く。アブグレイブ刑務所での拷問は、一部の腐ったリンゴが引き起こしたものではない。たるが悪いからこそ、必然的にリンゴが腐るのだ。
 本書ではこうした現象を「ルシファー・エフェクト」と呼んでいる。直訳すれば、堕天使効果。善人も「状況の力」によってたやすく悪魔となる。その事実を指摘した上で「悪の凡庸さ」を反転させ、「英雄の凡庸さ」の可能性を示唆する。多くの英雄的行為だって、ごく普通の人によって行われている。ならば人々がルシファー・エフェクトに対して自覚的になり、「状況の力」にあらがうことができたなら? 日常の中でも次々と立ち現れる悪と対峙(たいじ)するための、普遍的な一冊。
    ◇
 鬼澤忍・中山宥訳、海と月社・4104円/Philip Zimbardo スタンフォード大学名誉教授。『現代心理学』など。


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