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私の1960年代 [著]山本義隆

[評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)

[掲載]2015年11月15日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■沈黙を破り東大闘争を回顧

 1968年を頂点とする大学闘争とは一体何だったのか。この問いに対する十分な答えは、いまだに得られていない。最大の原因は、闘争の中心人物が長らく沈黙を保ってきたことにあろう。
 本書は、東大全共闘の代表であった山本義隆が、ついに沈黙を破り、60年安保闘争から69年の逮捕を経て予備校教師となるまでの歩みを振り返ったものである。著者は東大で物理学を専攻して大学院に進んだが、しだいに学問を続けてゆくことに疑問を抱くようになった。その背景には、明治以来の日本の科学技術の歴史に対する批判的な眼差(まなざ)しがあった。科学は価値中立であるどころか、いとも簡単に時々の体制と結託するのであり、その総本山こそ東大にほかならないという深刻な反省が、著者の一貫した行動を支えていたのだ。
 しかし著者は、決してエリート主義に陥ってはいない。当時の東大総長の対応を厳しく批判する一方、日大全共闘を高く評価し、権威の象徴だった安田講堂を成田空港の建設に反対する農民にまで解放するなど、学外の動きとも連帯しようとした。東大闘争は、決して学生運動として完結していたわけではなく、同時代的に起こったさまざまな社会運動の一環として位置付けられるのである。
 本書を読むと、著者らが唱えた「自己否定」という言葉から連想されるアイデンティティー探しとして東大闘争をとらえる見方が、どれほど浅薄かがわかる。著者はインタビューで最近の国会前での学生の行動に刺激を受けて執筆を決意したと語っているが、それに劣らずこうした見方に対する我慢のならない思いがあったのではないか。
 東大教授として嘱望された将来を犠牲にして、なぜ一人の物理学徒が「叛乱(はんらん)」を起こしたのか。いまこそ私たちは、当事者から発せられる言葉の一つひとつに注意深く耳を傾けなければならない。
    ◇
 金曜日・2268円/やまもと・よしたか 41年生まれ。科学史家。『磁力と重力の発見』『福島の原発事故をめぐって』

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