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世界の権力者が寵愛した銀行―タックスヘイブンの秘密を暴露した行員の告白 [著]エルヴェ・ファルチャーニほか

[評者]諸富徹(京都大学教授・経済学)

[掲載]2015年11月22日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■脱税支える巨大銀行との闘い

 「事実は小説より奇なり」とは、まさに本書のことを指すのか。これは、世界最大級の銀行HSBCから、約13万人分の機密顧客リストを引き出した元行員の物語だ。各国政府によるHSBCへの訴追、巨額罰金へとつながり、スイスの銀行の守秘性に大打撃を与えた。
 それにしてもなぜ、著者は巨大銀行への挑戦を決意したのか。彼はモンテカルロで育ち、銀行員の父を通して銀行とは何か知る。カジノ勤務で資金洗浄の実態を知り、資金監視の重要性を痛感した。請われてHSBCで働き始め、行内の情報システム構築に携わった彼は、「何のために」という問いに直面する。
 銀行の中を、巨額の「汚れた金」が通ってタックスヘイブンへ向かう。堅牢な情報システムで監視すればこれほど有効な道具はない。だが正直なところ、HSBC幹部にとってそんな道具など必要なかった。EU法令すら脱税を合法化し、銀行はそれを活用したサービスで儲(もう)けていたのだ。
 目も当てられないこの惨状を知り、著者は銀行と対決する途を選ぶ。不思議なことに、行内だけでなく、警察、司法、諜報(ちょうほう)機関の協力者が現れた。彼はHSBCの機密データ引き出しに成功したが、真の困難はその活用にあった。フランスの捜査当局が動き出すと、なんとサルコジ大統領が出てきて潰したからだ。
 命を狙われスイス政府からも情報漏洩(ろうえい)罪で追われた著者は、スペインに逃れ、投獄された末、自由を勝ち取る。大統領選でサルコジが敗れオランドに代わると、捜査は再び進展しだした。彼の持ち出したファイルはHSBCによる脱税幇助(ほうじょ)の決定的証拠となり、巨額の脱税回収を可能にした。
 障がいをもつ娘を見つめながら彼は、「カネの価値ですべてを測り、強者が弱者を蹂躙(じゅうりん)するような現実の中で娘に育って欲しくない」と念じる。著者の思いは実現するのか。いまも彼の闘いは続く。
    ◇
 橘玲監修、芝田高太郎訳、講談社・1728円/Herve Falciani 72年生まれ、伊仏国籍のITエンジニア。


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