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ラーメンの語られざる歴史 [著]ジョージ・ソルト [訳]野下祥子

[評者]武田徹(評論家・ジャーナリスト)

[掲載]2015年11月29日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■不満や憂さ、ほぐし続ける国民食

 東アジア史専門の米国人学者がラーメンを研究する。これは現実の話なのか。塩味が利いているような著者名はネタではないのか。告白すると最初は少し疑っていた。
 しかし調査の手際はまっとうな歴史家のものだ。たとえば占領軍関係文書や公電にも著者は分析対象を広げる。冷戦の幕開けとともに日本への食糧供給は共産主義の台頭を防ぐ意味をもった。米国提供の小麦を原料とするラーメンは労働者や学生たちの心身両面の飢えを癒やし、社会に対する憤懣(ふんまん)を鎮めて復興から高度経済成長へのプロセスを支える活力源となった。
 こうした普及過程でラーメンは位置づけを変える。明国人・朱舜水が徳川光圀に教えたとする起源伝説のように中国との関わりで語られることが多かったラーメンが、次第に日本文化が生んだ国民食と謳(うた)われるようになった。このような伝統の再創造については速水健朗『ラーメンと愛国』も触れていたが、本書の場合、政治経済史的な背景を見る姿勢が新味となる。
 食材と味にこだわってマスコミの寵児(ちょうじ)になる「ラーメンシェフ」が続々と登場した風潮についても、長引く不況の中でラーメンによる起業が貴重な「成功談」資源だったから注目が集中したとして「下部構造」からの説明を試みる。
 こうした成功談や、やがて「クール・ジャパン」の食としてラーメンが海外進出を果たした事実は日本の若者に成功の夢と民族的な誇りを提供した。だが著者はその存在が占領期から一貫して「工業労働者を封じ込める政策」と分離できないと考える。
 確かに、工業労働者に限定されないが、ラーメンを食べて格差化を深める社会の憂さを忘れたという人は少なくないだろう。ラーメンという緩衝装置なかりせば、果たして戦後日本はどうなっていたか。スープの湯気の向こうに、そんな大それた想像をしてみたくなる一冊だ。
    ◇
 国書刊行会・2376円/George Solt ニューヨーク大学准教授。現代日本や政治経済、食物史が専門。

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