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首切りの歴史 [著]フランシス・ラーソン

[評者]三浦しをん(作家)

[掲載]2015年12月06日

[ジャンル]歴史 社会

表紙画像

■ひとの残虐性、心の変遷を知る

 ひとは、「切断された頭部=首」に引きつけられる、と本書の著者は言う。そんな残酷で物見高い精神は持ちあわせていない、と反論するかたもおられると思うが、人類(のかなり多く)は脈々と、首への興味を維持してきたことが、本書を読むとわかる。
 フランスでは、斬首刑を人々が見物するのがふつうだったそうだが、死刑執行人の手腕によっては、スムーズにことが運ばないこともあった。そこで考案されたのがギロチンだ。ところが、はじめてギロチンによる処刑を見た人々は、なんと不満を漏らした。「すばやく通り一遍に仕事をこなす機械では、見るべきものがない」と。
 第2次世界大戦中、南の島で戦死した日本兵の頭蓋骨(ずがいこつ)を持ち帰ったアメリカ人もけっこういたらしい。居間に飾られた頭蓋骨に、家族も次第に愛着を感じ、そこにあって当然の存在として接した。
 著者は古今東西の首にまつわる事例を取りあげ、さまざまな角度から考察する。残酷だとか、倫理にもとるとか、一言で片付けるのは簡単だけれど、その時代と社会の文化や差別意識、生と死への探求心などが複雑に絡みあい、人々は多様な態度と感性で首と対峙(たいじ)してきた。
 たとえば現在でも、医学部では学問のために人体解剖を行う。それを残酷だと言うひとはいないだろう。本書では、頭部を解剖する学生たちの葛藤と知的好奇心、そして検体となった死者たちへの思いも、詳しく報告される。
 人間が持つ残虐性から目をそむけるのではなく、首を通して見えてくる歴史と、人々の心の変遷を知ろうとする著者の姿勢は、極めて真摯(しんし)だ。
 本書を読むと、人類は理不尽な暴力に憤りを感じ、残酷な行いに抗議の声を上げる精神を持ちあわせた生き物でもあるのだ、ということもわかる。歴史を知り、歴史に学ぶことは、自他の尊厳を尊重することへの第一歩だ。
    ◇
 矢野真千子訳、河出書房新社・3456円/Frances Larson 人類学者。オックスフォード大学名誉研究員。

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