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1★9★3★7(イクミナ) [著]辺見庸

[評者]市田隆(本社編集委員)

[掲載]2015年12月06日

[ジャンル]歴史 社会

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■おまえなら殺さなかったのか

 書名の由来は日中戦争に突入した「1937年」。同年12月に南京大虐殺が起きた。
 「おまえなら果たして殺さなかったのか」。著者は、日本兵による殺害、略奪、強姦(ごうかん)があった戦時に立ち返り、自らにその問いを突きつける。それが戦争と日本人を掘り下げる本書の出発点となった。
 そこに立ち塞がるのは、著者を苦しめる事実の数々だ。
 中国で従軍した作家武田泰淳の小説「審判」には、兵士らが上官の気まぐれな命令で、罪ない中国の農民2人を一斉射撃で殺す場面がある。泰淳の「従軍手帖(てちょう)」にはこの場面と重なる記述があるという。また、兵士らの証言記録には、強姦しながら戦友に手を振る男たち、しばられた中国人を刺し殺す訓練の光景も。著者は、正気を保つことに「自信がない」ともらす。
 絶望に満ちた事実に正面から向き合った文章を読むのはつらいが、目が離せなくなる。読者にも過去の出来事を自らの問題としてとらえさせる力があるのだ。
 さらに、この思索は、中国で将校として従軍した、今は亡き実父の残影を見極めようとする試みに及ぶ。
 戦後に地方紙記者になった父が書いた従軍記。その中に中国人を拷問する部下に中止を命じた記述があり、偽善の臭いをかぎとった。「(拷問は)あなたの指揮下で生じたことではないか」。ひとつの行為の責任さえ曖昧(あいまい)にする父の姿。しかし、同じ状況下だったら、自分も「大差なかったのではないか」。
 著者は苦悩の末、どんなに残酷な行為に対しても「これが戦争というものだ」「戦争が人間性をゆがめた」とする責任転嫁に満足し、無責任体質が蔓延(まんえん)した戦後日本の問題性を提示していく。責任を曖昧にすることを許さない「戦争考」には、重すぎるほどの説得力がある。この歴史を繰り返さないためにも、本書を読み、改めてまわりを見渡すことが必要に思えた。(評・市田隆=本社編集委員)
    ◇
 金曜日・2484円/へんみ・よう 44年生まれ。作家。78年、中国報道で日本新聞協会賞。『自動起床装置』で芥川賞。


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