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北京をつくりなおす 政治空間としての天安門広場 [著]ウー・ホン

[評者]五十嵐太郎(建築批評家・東北大学教授)

[掲載]2015年12月13日

[ジャンル]歴史 政治 社会

表紙画像

■巨大空間めぐるイメージの闘争

 以前、ヴェネツィア・ビエンナーレで世界都市を比較する展示を見たとき、人が集まる重要な場所としてヨーロッパの各都市が代表的な広場を紹介したのに対し、東京は絶えず人が行き交う渋谷のスクランブル交差点を紹介した。実際、日本は広場が成立しにくい。建築家も公共施設のデザインで試みたが、うまく機能しない。皇居前広場については、政治空間史から読む原武史の『皇居前広場』(2003年)が刊行された。その後、広場研究会に参加し、アジアにヨーロッパ的な空間装置を20世紀に導入しつつ、ナショナリズムを発動した、天安門広場が改めて特異な存在であることに気づいた。
 本書は「政治空間としての天安門広場」を多面的に論じた大著だ。興味深いのは、著者の専門が中国美術史であることから、図版や写真が多く、政治史と絡めながら、建築、都市計画、アート、イベントなど、視覚的な側面から分析したことだ。1章では、そこがいかに政治的な広場になったか。かつては名前がない小さなT字形の場所だったが、20世紀半ばに周囲の歴史的建造物を破壊しつつ、現在の巨大な空間に改造された。1958年、その中心に古代の石碑を参照した人民英雄記念碑が設置され、天安門と対峙(たいじ)する。一方、89年のデモでは、新しいシンボルとして美術学生が民主の女神を持ち込んだが、政府によって破壊された。2章は都市の顔としての天安門とそこに掲げられた毛沢東の肖像の変遷、またそれらのイメージ戦略を読み解く。3章は「十大建築」と呼ばれる50年代の国家プロジェクトに注目し、そのデザインと建設された位置を考察する。そして十大建築の半分は展示施設であると同時に、建築そのものが都市におけるディスプレイなのだと指摘する。4章は近代以前の鼓楼(ころう)、近代の時計塔、そして香港返還までの時を示す天安門広場のデジタル時計を通じて、時間と政治の関係を扱う。5章は文化大革命が終了した後、今度は天安門広場が前衛芸術の格好の素材となったこと、さらに90年代以降の新しいとらえ方も射程に入れて、様々な作品を紹介する。
 つまり、天安門広場をめぐって、視覚イメージの闘争が繰り広げられてきた。それらは単に新しい現象であっただけではなく、過去の中国で類似する事例が存在したことも指摘されている。
 ところで、本書は歴史記述に関して実験的な手法を採用している。各章でテーマと連動する著者の個人的な体験や記憶のエピソードを挿入しているのだ。それを読むと、公式の資料から拾いにくい歴史の奥行きが感じられ、また彼が天安門広場を研究したことが必然だったと納得できる。
    ◇
 中野美代子監訳、大谷通順(みちより)訳、国書刊行会・5832円/Wu Hung(巫鴻) 45年生まれ、北京育ち。父は経済学者、母はシェークスピア研究家。中央美術学院で学び、文化大革命での禁錮後、故宮博物院職員に。米シカゴ大学教授と同大東アジア芸術センター所長を兼任。

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