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脳はすごい ある人工知能研究者の脳損傷体験記 [著]クラーク・エリオット

[評者]星野智幸(小説家)

[掲載]2015年12月13日

[ジャンル]科学・生物 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■意識下の「自分」との出会い

 例えば駐車場の車まで歩くのに、まず右足を出して、次に左足を出して、また右、そして左、などと意識しなくてはならないとしたら、日常はとてつもなく重くなるだろう。
 この本の著者は、車の追突事故で脳震盪(のうしんとう)になってから、それまで無意識に行っていた日常の動作の大半を、自動的にはできなくなっていく。
 脳震盪になって以来、見慣れたものが、見慣れたものとして見えなくなったという。ひどいときは、自分の家が自分の家と感じられず、入ることが怖くなる。自分と空間の関係を見失う。そして、そんな自分が人間に思えない。
 人工知能学者である著者の、精緻(せいち)な自身の記録から見えてくるのは、脳は私たちが意識しないところで、とてつもない量の情報を処理し、判断し、私たちの自然さを支えているという事実である。
 この障害はしかも、視覚矯正とパズルを解く訓練で、治ってしまう。自分そのものである脳の可能性の壮大さに、未来を感じる一冊だ。
    ◇
 高橋洋訳、青土社・2592円

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