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天国でまた会おう [著]ピエール・ルメートル

[評者]市田隆(本社編集委員)

[掲載]2015年12月20日

[ジャンル]歴史 文芸

表紙画像

■称えられる戦死者、捨てられる帰還兵

 日本で爆発的な人気を博した海外ミステリーの作者が、初めて手がけた文芸作品。フランスで最も権威ある文学賞のゴンクール賞に選ばれた。期待を裏切らない、読者を魅了する豊潤な物語だ。
 休戦間近の第1次世界大戦の最前線にいた若い仏軍兵士2人。功を焦る上官プラデルの悪計で不必要な戦闘に巻き込まれ、元銀行経理係のアルベールは、砲弾が巻き上げた土砂で生き埋めに。大富豪の息子エドゥアールは瀕死(ひんし)の彼を救い出した瞬間、砲弾片で顔の下半分をもぎ取られた。
 戦後、離れられなくなった2人はパリに戻り、過去の生活を失ったまま極貧にあえぐ。やがて、全国に戦没者の記念碑を建てる架空事業で大規模な詐欺を企てた。
 物語はさらに重層的だ。2人を不幸に追いやったプラデルは英雄として凱旋(がいせん)した後、戦没者埋葬ビジネスで一もうけをたくらむ。また、エドゥアールは冷め切った関係の大富豪の父に会いたくないため、戦死を偽装したが、それを信じた父は初めて息子に尽きせぬ愛情を感じている。それらの支流も波風を立てて物語の大河に合流していく。二転三転する物語の行方は、誰も予測がつかない。
 この長編小説は、古典的名作を想起させた。夢も希望も失い、最前線で不毛な殺し合いを続ける若きドイツ軍兵士の視点から第1次大戦を描いたレマルクの『西部戦線異状なし』(1929年)だ。その続編を敵側の仏軍帰還兵の物語として紡いだようにも思えた。
 『西部戦線』である独軍兵士がこう話す。「僕らはもう戦争のおかげで何をやろうとしても駄目にされちゃったんだね」
 この無念は、本書の主人公2人の思いとも重なる。顔の形成手術を拒み、自ら作った仮面をかぶり続けるエドゥアールは、戦争に「宣戦布告」するため詐欺を企てた。善良なアルベールはそれを止めようとするが、生活に絶望した末に計画に加わった。
 彼らが敵視する社会は、戦死者を称揚し、愛国心をあおる一方で、落ちぶれた帰還兵を余計者と切り捨てる。『西部戦線』でも銃後の独国民が最前線の実態を知らず、戦争に浮かれる場面があったが、どの国も似たような問題性を抱えることがわかる。戦争を生んだ国に対する作者の強い批判が、全編を通じて感じられた。
 本書が選ばれたゴンクール賞は1903年に始まった伝統ある文学賞だ。過去の受賞作には難解な作品もある中で、本書は読みやすく、フランス本国で「大衆性と文学性を両立させた作品」の賛辞もあった。エンタメ、純文学のジャンルにとらわれない、人間の本質に迫る物語が評価されたということだろう。
    ◇
 平岡敦訳、早川書房・3456円/Pierre Lemaitre 51年、パリ生まれ。『悲しみのイレーヌ』でデビュー。そのヴェルーヴェン警部シリーズの第2作『その女アレックス』はインターナショナル・ダガー賞など。日本でもベストセラーに。本作でゴンクール賞。


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