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新カラマーゾフの兄弟(上・下) [著]亀山郁夫

[評者]島田雅彦(作家・法政大学教授)

[掲載]2016年01月17日

[ジャンル]社会

表紙画像

■混沌の時代、「父殺し」の今を問う

 ドストエフスキーの愛読者であった黒澤明は『白痴』を映画化しただけでなく、『酔いどれ天使』や『悪い奴ほどよく眠る』にもドストエフスキーの作中人物を脚色したようなキャラクターを登場させている。黒澤は登場人物たちの激情や愚行にリズムと振り付けを施すことによって、原作のスケール感やエンターテイメント性を際立たせようとしたに違いない。黒澤がムイシュキンを敗戦後の日本に出現させたように、カラマーゾフの兄弟たちを一九九五年の東京に解き放ったのが、本作である。登場人物たちの姓名も日本化し、父殺しの衝動と謎を語り尽くす。会話中心に進行するエンターテイメント的語り口も作中劇『大審問官』にあたる章も原作を踏襲しながら、同時に野方や北区の東京外大の旧キャンパス周辺を舞台にした私小説でもある。
 時代設定を一九九五年にしたのは、やはりオウム真理教による国家転覆計画があったからか? それはバブルが崩壊し、アメリカの一極支配が強化され、インターネットが国境を越え始めた時代でもあった。国家間で行われていた戦争をテロリストたちが私物化し、世界秩序を混沌(こんとん)に陥れようとする一方、国家は権威を維持しようと躍起になる。他者への無関心が進み、あらゆる信用が失墜してゆく。そんな風潮が静かに広がり出したのが一九九五年だった。
 アメリカの傀儡(かいらい)でしかない日本の父親はもはや殺すに値しないが、世界の厳父たらんとするアメリカに牙をむく者たちこそがアリョーシャの末裔(まつえい)にふさわしいのかもしれない。このような歴史の反復を嫌う者は父殺しの欲望自体を葬るしかない。オイディプスやドストエフスキーの呪いは家族や国家、そして若者が滅びない限り消えないはずだが、どうやら、それらも滅びつつある現在、六十六歳の若者である亀山氏がこれを書かずにはいられなかった事情はよくわかる。
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 河出書房新社・上巻2052円、下巻2268円/かめやま・いくお 49年生まれ。名古屋外国語大学長。『磔(はりつけ)のロシア』

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