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私たちはどこから来て、どこへ行くのか [著]森達也

[評者]佐倉統(東京大学大学院情報学環長・科学技術社会論)

[掲載]2016年01月17日

[ジャンル]科学・生物 社会

表紙画像

■“納得”求め、科学ととことん格闘

 圧巻の面白さと圧倒的な違和感が同居する。しかも両者は同じ現象の裏表。であれば、読み出したら止まらなくなるのは当然だろう。
 著者は言わずとしれた、オウム真理教を対象にしたノンフィクションで社会に一石を投じた人。その森達也が、人間とは何か、私とは何かを、科学はどこまで説明できるのか、さまざまな研究者へのインタビューを通して探っていく連作対談集である。対談相手は、日本を代表する当代きっての科学者たちだ。
 森は、先の問について、あくまでも己の直観と皮膚感覚にもとづいて、科学者たちに肉薄していく。そのたびに科学者たちは誠実に科学的な回答を繰り出していくのだが、森は納得できない。「理屈としてはわかる。でも『理屈としては』だ」
 実は科学者たちも同じ思いを抱いている。自分は何者かへの科学的な回答には腑(ふ)に落ちていないと彼らも明言し、脳科学者はそのような問いかけ自体、人間の脳が生み出した副産物であり、問題として意味がないとまで言う。
 だが、それでも森は、あくまでも自分の腑に落ちる言葉を探し求めていく。自身の直観や感覚をここまで強く深く信じることができるというのは、どういうことなんだろう。ぼくには、そこまで自分を信じることはできない。だって、ぼくの直観は太陽や星が動き、自分は止まっていると告げている。地動説には納得がいかない。科学的知識と人間の直観は、そもそも合わないものなのだ。ここで神を持ち出しても、何の解決にもならない。
 しかしぼくは、森のこのような「格闘」は、現在の科学と社会にとってなくてはならないものだとも思う。科学の生み出す知識が人々の直観や納得から離れたままでいるのは、社会にとっても不幸なことだと信ずるからだ。この分野での彼の今後の健闘に、期待するところ大である。
    ◇
 筑摩書房・1620円/もり・たつや 56年生まれ。映画監督、作家。著書に、オウム事件を扱った『A3』など。

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