書評・最新書評

空海の文字とことば [著]岸田知子

[評者]武田徹(評論家・ジャーナリスト)

[掲載]2016年01月24日

[ジャンル]人文

表紙画像

■筆を選んだ「漢字の化身」を活写

 空海は五筆和尚(ごひつわじょう)とも呼ばれた。長安にあった王羲之(ぎし)の書の剥落(はくらく)を口と左右の手足で五本の筆を同時に操り、瞬時に修復したことに由来する異名だという。
 儒教から漢字文化へ研究を進めた著者によればこの伝承はもちろん事実ではない。篆書(てんしょ)・隷書・楷書・行書・草書の五書体に通じていた空海への畏敬(いけい)の念が生み出した変形・誇張のようだ。
 本書が示す現実の空海は人間味溢(あふ)れる。「弘法は筆を選ばず」とは逆に各書体ごとに筆を使い分け、自ら筆作りまで嗜(たしな)む趣味人だった。そんな空海が神話的存在となったのは、単なる字画の組み合わせなのに意味を宿し、思想や詩情を育む漢字の不思議な力を見事に引き出す書家だったからだろう。
 当時の共通語であった漢字の化身のように軽々と国境を超えて活躍する空海。その姿を活写した本書を読んで、対話に困難を来しがちな最近の東アジア情勢へと改めて思いをはせる。
    ◇
 吉川弘文館・1836円

関連記事

ページトップへ戻る