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図書館大戦争 [著]ミハイル・エリザーロフ

[評者]星野智幸(小説家)

[掲載]2016年02月07日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■現実を塗り替える読書の魔力

 この作家は、言葉の呪術的な力を熟知している。麻薬のような本書は、書物自体が教祖と化して、いくつもの教団が形成され、謀略と裏切りに満ちた血なまぐさい抗争を繰り広げる物語だ。その教団は「図書館」ないしは「読書室」と呼ばれ、信者は「読者」と称される。突飛(とっぴ)な比喩だと思うなかれ、読書とはまさに信者が教典を読むのと等しい行為なのだから。
 ソ連時代、社会主義リアリズムに基づいて教条的な作品を書いていた地味な作家がいた。ほとんど誰にも顧みられなかった彼の6冊の作品は、ソ連崩壊後、たちまち世から忘れ去られる。その本の異様な魔力に目覚めた、一部の熱狂的読者を除いて。
 各作品は異なる力を持ち、例えば「権力の書」は、読了した者に、他人を統率する驚異的なカリスマ性を覚醒させる。「記憶の書」は、読み手に自分のものではない過去の記憶を蘇(よみがえ)らせる。それは誰もが全体のために奉仕しているソ連時代の理想郷の情景で、「読者」に強い郷愁をもたらす。
 対比されるように私小説風のリアリズムで描かれる、20代後半の主人公アレクセイの惨めな人生は、現在のロシアで若者が置かれている社会環境そのものだろう。仕事も希望もなく、友人との関係は表面的、自暴自棄になるばかり。
 だがその生活は、ひょんなことから小さな「読書室」に主宰者「司書」として迎え入れられた時から一変する。そしていくつもの抗争を経て、幻の7番目の書「意味の書」に出会ったことにより、永遠の読み手となることを運命づけられる。アレクセイが読み続ける限り、悪夢のような理想郷は存在し続け、この空虚な現実を否定し続けるのだ。
 読むことで、その作品世界は現実と拮抗(きっこう)するもう一つの現実となる。それは私たちが普段行っている読書そのものであると同時に、架空の愛国神話を「信仰」するこの社会の姿でもあるだろう。
    ◇
 北川和美訳、河出書房新社・3024円/Mikhail Elizarov 73年ウクライナ生まれ。本作でロシア・ブッカー賞。


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