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異類婚姻譚 [著]本谷有希子

[評者]本郷和人(東京大学教授・日本中世史)

[掲載]2016年02月07日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■夫婦を冷徹に見通す普遍性

 異類が婚姻するというタイトルを見たぼくは『南総里見八犬伝』の伏姫(ふせひめ)と八房(やつふさ)のような話かと思って読み始めた。違った。結婚した男と女が自分のろくでもない部分を相手にさらけ出すうちに「個」としての輪郭が溶け出し、わけの分からぬもの=異類になっていくという話だった。
 男と女はなれ合いながらそっくりになっていく。二匹の蛇が互いのしっぽを食い合う「蛇ボール」のたとえも用いられる。だから、二人は異類ではなく同類なのではないかと思った。だが、実は同じ穴のムジナであるのに相手を異形・異類と忌避するとなると、事態はますます救いがたいということか。いやひとごとではない。「あなたこんなはずじゃなかったでしょ」と罵(ののし)られてもすててこ穿(は)いてへらへら笑っているぼくは、妻の眼(め)にどう映っているのか。
 歴史的に見ると大きな氏族集団から「家」が生まれ、家は大家族から単婚小家族に変化する。この趨勢(すうせい)からすると、やがて生活単位が夫婦でなく個人になるのは避けられまい。婚姻自体は残るだろうが、共白髪まで、という大前提は崩れよう。あなたとの婚姻期間は何年です、に始まり、浮気をしたら、年収が下がったら、何キロ太ったら罰金いくらです、の如(ごと)き「契約結婚」に移行するのではないか。そうすると、男と女は似ないですむのだろうか。いや、別個の人間が共同生活をする以上、問題は常に生じてくるに違いない。その意味で、本書は普遍性をもつ。
 一つだけ。この夫婦は二人の間に「挟むもの」としての子どもを作らなかった設定である。だが、子はかすがいとは限らず、夫婦を破綻(はたん)させる素因にもなる。知人宅のネコのサンショは粗相をするからと山中に捨てられた。だが、まさか子どもを捨てるわけにはいかぬのだ。夫婦を冷徹に見通す作者が次のステップで子どもをどう描くのか、とても興味がある。
    ◇
 講談社・1404円/もとや・ゆきこ 79年生まれ。作家。劇作家。『自分を好きになる方法』で三島賞、本作で芥川賞。


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