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都市と暴動の民衆史―東京・1905—1923年 [著]藤野裕子

[評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)

[掲載]2016年02月07日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■暴力を誘発、「男らしさ」の論理

 1905年、日露戦争の講和条約に反対する集会をきっかけとして、日比谷焼打(やきうち)事件が起こった。この事件から18年の米騒動までの間、東京をはじめとする都市では民衆暴動が相次いだ。だが普通選挙運動が活発となる20年代になると秩序化が進み、表面上は暴動が見られなくなる。それはなぜかを解き明かそうとしたのが本書である。
 日比谷焼打事件の背景には政治集会の屋外化というべき時代の変化があった。集会が開園間もない日比谷公園で行われ、参加者が増えたことが暴動を誘発したのだ。しかもその参加者は、ほぼ全員が若年労働者を中心とする男性だった。著者は「男らしさ」をキーワードに、この時代に起こった暴動に共通する論理を掘り下げてゆく。
 ところが20年代になると、民衆自身が政治主体となる権利を要求するため、暴力を抑えようとした。つまり普通選挙運動それ自体のうちに暴動が終息する要因があったというのだ。だが著者が触れていない要因として、天皇制の転換がある。大正天皇が体調を崩す代わりに、皇太子(後の昭和天皇)が視覚的にも大きな存在となる。それを象徴するのが、21年に訪欧の旅から帰国した直後に日比谷公園で開かれた市民奉祝会である。3万人あまりが集まったこの奉祝会は、幅広い国民が整然と皇太子を迎える先駆けとなった。これ以降、皇太子が屋外の政治空間にしばしば現れ、そこに女性も動員されることで「男らしさ」が排除され、秩序化が進む側面にも注意を払うべきだろう。
 著者は、一見秩序化が進む20年代の日本でも、関東大震災直後の朝鮮人虐殺に見られるような暴力が振るわれることから目をそらしていない。そのまなざしは鋭く、かつ柔らかい。交通事故の後遺症に苦しみ、文字を追うことも難しかった自らの7年間を振り返る本書のあとがきが、読者の胸を強く打つ。
    ◇
 有志舎・3888円/ふじの・ゆうこ 76年生まれ。東京女子大学准教授。共著『震災・核災害の時代と歴史学』など。


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