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帝国日本の生活空間 [著]ジョルダン・サンド

[評者]五十嵐太郎(建築批評家・東北大学教授)

[掲載]2016年02月14日

[ジャンル]歴史 社会

表紙画像

■ささやかな日常で描く世界地図

 人とモノが激しく移動し、文化が混交・変容していく、ダイナミックな世界地図が浮かびあがるような研究だ。が、グローバリズムの現代を分析したものではない。これは20世紀前半の大日本帝国に関する歴史学である。
 まず近代に朝鮮と台湾からの多数の労働者や留学生が日本で暮らし、西洋の知を習得する拠点となった一方、日本が植民地のほか、アメリカ大陸やハワイに多くの移民を送りだしたことを確認する。また東京の観光ツアーを通じて、西洋人には近代性、植民地下の民族には軍事施設、そして日本人には皇居、明治神宮、靖国神社などの帝都の名所を誇示していたという。
 本書の醍醐味(だいごみ)は、大きな歴史としての政治ではなく、住まい、家具、衣服や靴、ふるまい、食品など、一見ささやかな日常生活に密着した文化から帝国に発生した複雑なネットワークを描いた点だろう。
 例えば、西洋、アジア、そして日本の過去に対する三重の意識が反映された洋館。大正時代に流行し、アジアにも影響を与えた世界水準としての「文化住宅」。床座と椅子座がせめぎ合うなかで仲介的な役割を果たした、熱帯から生まれた籐(とう)椅子。公の場で靴を脱がず、西洋性を体現した天皇と、日本の草履が戦後に白人サーファーのゴム草履となり、それが日本に導入されたエピソード。世界の食卓に広がった味の素や、沖縄人の豚肉とアメリカ軍の関係。めまぐるしく場所を越境していく手法は、歴史記述の実験も試みている。とくに1908年前後に環太平洋を様々なルートで往来したバンガローの住文化を扱う第3章は、50の断片的なテキストを連鎖させながらちりばめていく。
 著者はアメリカで教鞭(きょうべん)をとる日本近代史の研究者だ。本書の射程は、日本とアジアだけではなく、アメリカとの関係にも及ぶ。そうした視点が、空間と時間の枠組みにさらなる広がりを与えている。
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 天内大樹(あまないだいき)訳、岩波書店・4752円/Jordan Sand 60年生まれ、ジョージタウン大学教授。『佃に渡しがあった』など。

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