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墨痕―書芸術におけるモダニズムの胎動 [著]栗本高行

[評者]蜂飼耳(詩人・作家)

[掲載]2016年02月14日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■文字か形象か、本質捉える挑戦

 書は文字か、それとも形象だろうか。何という言葉が書かれているかを読もうとするならば、それは文学作品に通じる視点。一方、文字がどんな輪郭や線で構成されているかに着目するなら、それは視覚的な芸術として対する視点となる。「書作品の本質を十全に把握するためには、多面的な解釈によって、複数の方向から迫っていくしかない。全ての要素が一挙に思考に提供されるとは、考えにくい」と著者はいう。
 「文字を書かない」書を追求した比田井南谷(ひだいなんこく)を嚆矢(こうし)とする前衛書。欧米の抽象絵画をめぐる動きへの注目が、従来は自明のものとみなされていた「言語と書表現」の関係に自覚的な距離を生じさせた。そのあたりから、書作品が字なのか絵なのか、読めるのか、読まなくてもよいのかという問題が先鋭化する。
 伝統や過去の蓄積を踏まえるだけでは成り立ちがたい現代の書。著者は、戦後の書を美術作品と同様の態度で扱う方法を採る。書家たちの理論と実作を紹介しながら、その葛藤、限界と可能性を考察する。とくに、東京大空襲を書の作品にし、その後現代文を書くことにも取り組み続けた井上有一については丹念に論じられている。
 情報産業の進展によって圧倒的な平均化・均質化がもたらされている現代、書とはなんだろう。「書く」行為そのものがリアリティーを希薄化させつつある中、書の宿命は「芸術ジャンルとしての自己省察」にある、という。
 本書の試みは、これまでほとんど誰も踏みこまなかった位置への挑戦だ。その視点の方法や姿勢は、他の分野にも有効な部分を持つ。たとえば、私自身が日ごろ身を置く詩の領域は常に「それは詩か散文か」といった問いにさらされている。線引きが容易ではない領域をどう考えるか、という意味においても、本書は示唆に富む。文章も読みやすく、引きこまれた。
    ◇
 森話社・4860円/くりもと・たかゆき 84年生まれ。多摩美術大学特別研究員。近現代の書の歴史や美術史を研究。

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