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わが記憶、わが記録—堤清二×辻井喬オーラルヒストリー [編]御厨貴・橋本寿朗・鷲田清一

[評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)

[掲載]2016年02月21日

[ジャンル]人文 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■自覚的に背負った矛盾とユートピア

 晩年の辻井喬さんに何度かお会いしたことがある。御茶ノ水や銀座や北京のホテルで、私が勤める大学の大教室で、さらには朝鮮学校無償化除外に反対する会場などで対話を重ねてきた。
 もっぱらペンネームである辻井喬として活動されていたので、私は「辻井さん」と呼んでいた。けれども聞きたかったのは、本名の堤清二として、つまり西武というグループ企業の経営者として活躍していたころの話であった。なぜなら私自身が、中学時代まで西武沿線の団地を転々とし、鉄道、バス、百貨店、スーパー、遊園地などを経営する西武の文化にどっぷりと浸(つ)かってきたからだ。
 本書は、御厨貴、橋本寿朗、鷲田清一という、政治、経済、文化の各分野を代表する3人の学者が聞き手となり、戦後日本に巨大な刻印を残した堤清二=辻井喬が自らの生涯を語った膨大なオーラルヒストリーの記録である。
 冒頭で、辻井さんは「私のヒストリーは、ある意味ユートピアイズムの消滅の歴史ではなかったか、と感じています」と語っている。若き日に信仰した社会主義ばかりか、経営者になってからもユートピアを追い求めたのは一つの矛盾である。だが本書を読むと、辻井さんはさまざまな矛盾を自覚的に背負っていたことがわかる。その矛盾は、西武グループを率いる父の堤康次郎に反抗して共産党に入りながら、衆議院議長となる父の秘書になったときから始まっていたのかもしれない。
 だから一方でソ連をユートピアと信じながら、他方で渡米するや米国流の資本主義の論理をいち早く取り入れる。一方で三島由紀夫や右翼と関係をもちながら、他方で除名された共産党の関係者とも付き合う。そうした矛盾を3人の学者から衝(つ)かれると、辻井さんはあっさり認めてしまう。それは結局、「堤清二」と「辻井喬」という二つの人格の間に生ずる分裂に起因していたのだ。
 辻井さんは、父の康次郎については饒舌(じょうぜつ)だが、父の死後に鉄道事業を引き継いだ弟の堤義明氏の話題になると寡黙になる。私は辻井さんに、もし弟に代わって鉄道事業を引き継いでいたら、西武沿線はどうなっていたかと質問したことがある。辻井さんは考えたこともなかったと言いつつ、JR中央線に匹敵する沿線イメージをつくれたかもしれないと答えた。この点では、東急グループの創業者、五島慶太の事業をそっくり継承した息子の五島昇がうらやましく見えたのではないか。
 本書からは、辻井さんばかりか橋本寿朗さんの肉声も聞こえてくる。いまはなき橋本さんの風貌(ふうぼう)が、活字から浮かぶ舌鋒(ぜっぽう)の鋭さを通してよみがえってきた。
    ◇
 中央公論新社・3456円/みくりや・たかし 1951年生まれ。放送大学教授。はしもと・じゅろう 1946−2002年。元法政大学教授。わしだ・きよかず 1949年生まれ。京都市立芸術大学長。つつみ・せいじ=つじい・たかし 1927−2013年。実業家、詩人、作家。

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