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菌世界紀行—誰も知らないきのこを追って [著]星野保

[評者]三浦しをん(作家)

[掲載]2016年02月21日

[ジャンル]科学・生物 社会

表紙画像

■あなたも雪腐病菌のファンに

 雪が積もると、草が枯れる。寒さにやられちゃったのかな、と思っているかたも多いことでしょう。実はそれ、寒さのせいではなく、雪腐病菌の仕業かもしれません。
 ゆきぐされびょうきん! 四十年ほど生きてきたが、はじめて知った言葉だ。そして、声に出して言いたくなる、得体(えたい)の知れぬ迫力に満ちた言葉だ。うーむ、なんなんだ、雪腐病菌って。と思い、本書をぐいぐい読み進めるうち、私はすっかり雪腐病菌と著者と著者の周辺人物のファンになってしまった。すごくおもしろいんですよ、雪腐病菌も、この本も!
 本書の著者は菌類の研究者で、雪腐病菌を探し求め、北極圏やシベリアや南極へ調査に赴く。そして、虫の糞(ふん)に酷似した直径一ミリの「菌核」を、枯れ草から採集しては大喜びする。変人だ(失敬)、と思ったのは私だけでなく、著者はほうぼうの調査地で、地元民から怪しまれている(夢中で草地に這〈は〉いつくばってるから)。人間ばかりかペンギンにまで、「なにしてんの?」という目で見られ、ジャコウウシに追いかけられる。でも、めげない。命がけで雪腐病菌を集めまくる。
 なぜそこまで……。最初は笑いながらあきれていたのだが、あまりにも情熱的に研究に邁進(まいしん)する著者の姿に胸打たれ、私もだんだん、「すごいぞ、雪腐病菌!」という気持ちになってきた。研究仲間も愉快なひとばかりで、特にロシア人のオレグ氏(ケチ)が最高に魅力的。著者とともにKGBの尋問を受けたり、泊めてもらった民家で大変なことになったりと、爆笑の珍道中を繰り広げる。
 なじみのない菌類の世界と、研究者たちの奮闘ぶりを、楽しくわかりやすく紹介する好著。著者の菌類への愛が、読者の好奇心を刺激し、未知への扉を開けてくれる。著者自身が描いたイラストもいい味だし、隅々まで笑いと工夫に満ちている。
    ◇
 岩波科学ライブラリー・1404円/ほしの・たもつ 64年生まれ。産業技術総合研究所バイオ変換グループ長。

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