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刑法と戦争—戦時治安法制のつくり方 [著]内田博文

[評者]杉田敦(政治学者・法政大学教授)

[掲載]2016年02月21日

[ジャンル]歴史 社会

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■今も続く閉鎖的社会への危機感

 侵略や災害などの緊急事態の際に、首相に権力を集中するため、憲法に条項を設けるべきだとの議論が出ている。ここで思い起こされるべきは、死刑導入を含む治安維持法の厳罰化(昭和3年)が、明治憲法の緊急事態条項で定められた天皇の緊急勅令を使って、議会審議を迂回(うかい)して行われた事実である。
 「解釈改憲」による平和安全法制の成立など、現在の日本の状況は当時とよく似ており、「私たちは『ルビコン川』の岸辺に立っている」と著者は指摘する。
 そもそも、戦後の刑法改革は不徹底で、根幹は戦前のままである。さらに、戦争遂行にあたり治安強化を図るため、検察官に与えられた強い権限は、戦後の新刑事訴訟法にも移植された。裁判官より検察官が権限をもち、検察官が裁判を事実上主導する状態は、無罪率の低さや令状却下率の低さを見れば、今も続いている。起訴・不起訴を陪審で決める制度がなく、無罪判決が出ても検察官が上訴できるなど、日本の検察権力は外国に比べても強力である。
 「国家は意図的に『非国民』を作り出し」、「社会での居場所そのものを奪い」、国民全体を威嚇することもある。ハンセン病患者は「兵士の健康を損な」う「非国民」として扱われ、彼らへの裁判も差別に満ちていた。隔離体制は戦後、治療法が確立しても長く維持された。分断による統制という権力手法は、この問題に限定されるものではない。
 学生が、軍飛行場の存在について、公知の事実を知り合いのアメリカ人夫妻に話しただけで逮捕され、拷問の末に投獄された「宮澤・レーン夫婦事件」のいきさつは、緊急事態を想定した秘密保護法制の効果が、一般の人びとにまで及ぶことを示している。
 戦前からの連続性をもつ法制度を基盤として、閉鎖的な社会が再び築かれるようなことがあってはならない。著者の危機感を共有したい。
    ◇
 みすず書房・4968円/うちだ・ひろふみ 46年生まれ。九州大学名誉教授(刑事法学)。著書『自白調書の信用性』など。

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