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失われた世界の記憶―幻灯機がいざなう世界旅行 [著]C・フィール、J・R・ライアン

[評者]細野晴臣(音楽家)

[掲載]2016年02月28日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■切り取られた19世紀の時間へ

 写真は眺めるだけで色々な感覚を喚起する。それは音楽を聴くことにも通じ、写真から曲想を得ることもある。写真集は本の形を取ってはいるが、2次元の枠を超えて迫ってくる。音楽がCDそのものではないのと同じだ。そして写真や音楽は「時間」を切り取った缶詰でもある。見た途端、聴いた途端に過去や未来が蘇(よみがえ)る。切り取られた時間の断片は、その時代の全てを含むホログラム(立体映像)ではないか、とも思える。
 さて、この写真集の素材は19世紀に流行したスライドショーに使用されたものだ。スライドの原型は19世紀中ごろにほぼ完成されたマジック・ランタン、つまり幻灯機である。今の映画のように、当時の西欧では幻灯機のショーがもてはやされていた。
 19世紀末にリュミエール兄弟が映画を発明しても幻灯機の人気は衰えなかった。なぜなら、当初は高級だった映写機が家庭でも買えるほど普及したから。事実、我が家でも1950年代までスライドを楽しんだ。当時、米国留学から帰国した伯父が撮りためた写真をスライドにして親族に公開したのである。外国との行き来が困難な時代、スライドの中身は主に風景であり、暗くした部屋の壁に映し出される異国の映像に、家族そろって見入ったものだ。
 本書ではそうした世界中の写真を800余点も見ることができる。複製技術が完成する以前の、一枚一枚丁寧に彩色が施された貴重な写真もある。とくに日本の写真が美しく、他の国との違いが明白である。浮世絵の伝統が受け継がれたのだろうか、美女たちが明らかに演出された空間で形を決めている。本書の表紙もその日本の写真が使われている。当時の幻灯機ショーは同時代の世界を旅するという目論見(もくろみ)があったが、1世紀以上経た今、膨大な過去が集積された写真のアーカイブを見ることで、我々は時間旅行が楽しめるというわけだ。
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 光村推古書院・5400円/Charlotte Fiell 出版ディレクター、James R. Ryan 英エクセター大学准教授。

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