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夜、僕らは輪になって歩く [著]ダニエル・アラルコン

[評者]星野智幸(小説家)

[掲載]2016年03月06日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■ペルー内戦、損なわれた心の記録

 ペルーのロスト・ジェネレーション(失われた世代)を描いた本作は、これから我々が失うものを予言している。
 ペルーでは1980年代から90年代初頭にかけて、極左組織による無差別テロの嵐が吹き荒れた。対抗する国軍も残虐非道の限りを尽くし、住民の心は恐怖に蝕(むしば)まれた。特に、その時代に育った世代は、心に大きな欠落を抱えた。
 この小説の主人公ネルソンもそんな青年で、アメリカ合衆国へ移住した兄が自分を呼び寄せてくれることを信じて、希望のない日々を乗り切ろうとするが、願いはついえる。癒えない傷を抱えたネルソンは全てを捨て、内戦期に名を馳(は)せた伝説の劇団の俳優となって、国内を回る旅に出る。その劇団では、政府に睨(にら)まれて投獄され、恐怖と無力感から現実に背を向けた劇作家と出会う。各人が自分を取り戻そうともがくうち、過去が亡霊のように生きている村で内戦の傷の底なし沼にはまり、悲劇に巻き込まれていく。
 小説は、ネルソンと同世代の若きジャーナリスト「僕」によって語られる。間接的に語らざるをえなかったのは、著者アラルコンが3歳でペルーからアメリカに移住し、失われた時代を生きてはいないからか。後ろめたさを償うかのように、現在のペルーの基層にありながら忘れられようとしている空虚を記そうと努める。末尾でネルソンは「僕」に、「誰が奪ってきたのか、誰が奪われてきたのか、ここではっきりさせておこうじゃないか」と言う。小説が、奪われた者の声になりきろうと肉薄しながらもその声は代弁できないことを、著者は痛感している。それでも言葉にしようという強い情熱に、私は深く感銘を受けた。
 じつは日本にも、90年代に内戦を逃れて「デカセギ」に来た日系ペルー人が大勢いる。これは隣人の物語でもあると同時に、紛争と強権という似たような未来へ進もうとしている私たちの物語でもある。
    ◇
 藤井光訳、新潮社・2376円/Daniel Alarcon 77年ペルー生まれ、米国在住。『ロスト・シティ・レディオ』。

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