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ムーンナイト・ダイバー [著]天童荒太

[評者]市田隆(本社編集委員)

[掲載]2016年03月06日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■「忘れるな」呼びかける海底の光景

 東日本大震災から5年。原発事故による避難生活が長引く福島の人々、終わりが見えない原発の後始末、いまだ問題は解決していないのに、日常生活の中で発生当時の感覚が薄れ、記憶の風化が止まらないのを感じる。本書は、その風化にあらがう力を持った文学作品だ。
 原発事故後に立ち入りが一定期間禁じられた福島の海を思わせる海域が、物語の重要な舞台。海岸にほど近い海底には、津波で引き込まれた住宅の屋根、電柱、車などの残骸が広がる。40代のダイバー・舟作は夜中、その海域に禁を犯して潜り、「人々の大切な暮らしが刻印された」品物をひそかに引き上げる仕事を遺族グループから請け負った。この地に漁師として住んでいた舟作も両親と兄を津波で失った。自分が偶然にも命を永らえたことへの自問自答を繰り返しつつ、ライトで照らした海底に潜り続ける。
 この夜の海底の光景は、著者の想像力が生み出したものだが、震災の爪痕がくっきりと残された、無残な残骸ひとつひとつの描写が、読者にも「忘れるな」と繰り返し呼びかけているように思えた。
 かけがえのない人の死の意味をわかり得ないまま、どうやって再び歩み出し、生きていけるのか。震災が生んだ空白に向き合う中で、舟作の潜り続ける作業は、亡くなった人、生きている人とのつながりを見つめ直すことになる。
 著者は、不慮の死を遂げた人々の鎮魂のため、全国を旅する若者を描いた直木賞受賞作品『悼む人』など、「救済」と「祈り」をテーマにした小説の執筆を続けており、本書もその延長上にある。
 被災後に身を寄せた関東の海辺の町での妻子との暮らし、行方不明の夫が身につけていた指輪にこだわる女性との出会い。読了した時、全ての要素が共鳴し合う完成度の高い物語だったことを知る。
 被災地の人々は、この物語をどう受け止めるだろうか。
    ◇
 文芸春秋・1620円/てんどう・あらた 60年生まれ。『家族狩り』で山本周五郎賞、『悼む人』で直木賞。

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