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小倉昌男 祈りと経営 ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの [著]森健

[評者]荻上チキ(「シノドス」編集長・評論家)

[掲載]2016年03月06日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■なぜ福祉に情熱を注ぎ込んだのか

 伝説の経営者、小倉昌男。ヤマト運輸の宅急便事業を成功させ、運輸規制と闘い、福祉事業に力を注いだ。そんな功績をたたえ、経営手腕などを分析する記事や書籍は後を絶たない。だが、なぜ小倉は、福祉の世界に尋常ならざる情熱と財産を注ぎ込んだのだろう。どの記事を読んでも、そんな謎が残る。
 古今東西、成功した経営者が、福祉の分野に興味を持つことは珍しくない。最近でも、新たな成功者たちが慈善事業に進出している。小倉自身は生前、福祉分野への参入について、「はっきりした動機はありません」と説明してきた。しかし、やはりそこには、何か強い動機があるのではないか。そんな疑問にあえて立ち止まり、真正面から挑む本がいよいよ現れた。それも、気鋭のジャーナリスト、森健氏による力作である。
 小倉は、自身を「気が弱い」人間だと認識していたようだ。「闘士」といったイメージもある小倉だが、本書では、実に「人間くさい」一面が掘り下げられていく。家族内のトラブルに悩み、クリスチャンとして熱心に教会に通い、晩年は心を許した女性に甘える。親しかった人物たちから、不格好ながらも必死で生きてきた小倉の姿が、親愛の情を込めて語られていく。
 肝はなんといっても、小倉の妻と娘に関する記述だろう。娘は若いころから理不尽に「キレて」暴れて、小倉を困らせた。その理由は、取材を通じて次第に明らかになっていき、本書の結末近くになってようやく謎が解ける。妻にもまた、不安定な側面があったことがわかる。
 小倉が「困っているひと」に寄り添うようになったのは、それが自身の問題であったためではないか。大きな正義のためでなく、身近な困りごとのために、闘わざるを得なかったひと――。そう捉えると、途端に小倉の姿が身近に感じられてくる。小学館ノンフィクション大賞受賞作。
    ◇
 小学館・1728円/もり・けん 68年生まれ。ジャーナリスト。『「つなみ」の子どもたち』で大宅賞。

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