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シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧 [著]エマニュエル・トッド

[評者]柄谷行人(哲学者)

[掲載]2016年03月06日

[ジャンル]人文 社会 国際

表紙画像

■カトリックの衰退、異教の排撃を招く

 トッドはこれまでの著作で、世界各地の社会の政治や思想のあり方を、4種類の家族形態の違いから、統計学にもとづいて説明してきた。すなわち、生産様式にもとづくマルクス主義的決定論を退けながら、家族内での交換様式(兄弟間の平等性など)が窮極的に観念的上部構造(政治や思想など)を決定するという見方をとっている。それによって、彼はフロイトやマルクスとは違った「無意識」の構造を照らしだす。思いもよらぬ省察がそこから生まれる。
 本書では、その手法によって、近年のフランスの国内政治が鮮やかに分析されている。2015年1月、過激派イスラム教徒が、イスラム教を風刺した週刊新聞を発行している「シャルリ・エブド」社を襲撃したあと、フランス各地で「私はシャルリ」を掲げた400万人のデモが起こった。それを、言論の自由をまもるフランス革命以来の輝かしい伝統として称賛する反応が日本にもあった。しかし、トッドはそれに異議を唱えた。フランスにはキリスト教(カトリック)に対する風刺の伝統はあったが、それは、他の宗教を嘲笑するような伝統ではなかった。ゆえに、この事件には、何か大きな社会的変容が潜んでいる。
 トッドによれば、フランスは、4種類の家族形態が地域的に分布している(欧州では)唯一の国である。それが歴史的にフランスの特異な在り方をもたらしてきた。たとえば、中央部にフランス革命がある一方で、周縁部では中世的なカトリック信仰が残っていた。このような地盤がここ20年ほどのうちに急激に変容したのである。
 一般に、人が異教を排撃するのは、自らの宗教を熱烈に信じるからだと考えられるが、実は、そのような所ではむしろ、異教に対して寛容である。異教を排撃するのは、自らの宗教を信じていない時である。トッドの考えでは、フランスに反イスラム主義が生まれたのは、カトリックが衰退してしまったからだ。私は自分の信じていた宗教を冒涜(ぼうとく)する、ゆえに、他人の宗教を冒涜する権利と義務がある、と彼らは考える。
 この抗議デモには、右翼が締め出されていた。したがって、それはリベラルで、反イスラム主義と無縁であるように見える。しかし、トッドによれば、現在の反イスラム主義は、ヨーロッパ単一通貨と新自由主義を推進するオランド政権(社会党)を支持する者たちがもたらしたものだ。彼らは保守的右派以上に弱者に冷淡である。現在の社会党政権を支えているのは、最近までカトリックであった地域や階層である。トッドはそれを「ゾンビ・カトリック」と呼ぶ。それが「私はシャルリ」と称する者たちの実体である。
    ◇
 堀茂樹訳、文春新書・994円/Emmanuel Todd 51年生まれ。フランスの歴史人口学者、家族人類学者。世界の家族形態を絶対核家族、平等主義核家族、直系家族、共同体家族の4種類に大別。著書に『新ヨーロッパ大全』『最後の転落』『帝国以後』など。

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