書評・最新書評

あの日 [著]小保方晴子

[評者]五十嵐太郎(建築批評家・東北大学教授)

[掲載]2016年03月13日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■ポエムと推理、キメラ的複合

 いささか書評しにくい本である。検証実験で科学的には決着した事件だが、今度は手記が発表された。自伝的な文書は、真実を告白する形式をとって正当性を主張する。が、本書は主観的な記述に終始し、具体的な証拠や科学的な反論があるわけではなく、STAP問題はもはや彼女を信じるかどうかという信仰の領域に近い。そこで真偽の議論から離れ、文章そのものを、引いた視点で読み解く。
 大きな特徴は、異なるタイプの文章が交ざっていることだ。例えば、細胞の研究を説明するための科学入門書的な解説、ラットへの「頑張ってくれて、ありがとう」や、「この子たち(=緑に光る細胞塊)に会えてよかった」といったリケジョ的なポエム、そして誰が黒幕で犯人なのかという推理小説などである。通常、出会わないはずの要素が、まさにキメラ的に複合することによって、ユニークな文章が出現している。
 プロットも興味深い。豊かな発想の主人公が、その才能を認めたバカンティ先生、絶妙の手技をもつ若山先生、天才的な論文構成力をもつ笹井先生と出会い、彼らのサポートを得て、一流の科学雑誌に画期的な論文が掲載される成功物語が前半だ。だが、一躍スターとして注目された直後、彼女によれば、ささいなミスによって論文の正当性が疑われ、仲間に裏切られ、マスコミの餌食にされ、科学者の道を悲劇的に断たれてしまう。
 いわば、まわりの大人たちに振り回されながら、その期待に応えようとして、本人は一生懸命頑張る涙と根性の物語である。研究者の複雑な人間関係、主人公が女性であるがゆえの周囲の特別視といった側面からも読めるだろう。あえてジャンル名を与えるとすれば「少女サイエンス“ノン”フィクション」とでも呼ぶべきか。あまり読んだことがなく、だからこそ面白い。が、これが現実とリンクしていることが最大の驚きだ。
    ◇
 講談社・1512円/おぼかた・はるこ 83年生まれ。早稲田大学理工学部、米国留学を経て理化学研究所に。14年退職。

関連記事

ページトップへ戻る