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海をわたる機関車 [著]中村尚史 帝国日本の交通網 [著]若林宣

[評者]吉岡桂子(本社編集委員)

[掲載]2016年03月20日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■後発の強み生かす、拡大の野心と失敗

 日本と中国が世界のあちこちで高速鉄道の輸出競争を繰り広げている。その勝敗は、経済力のみならず国力の物差しのように語られる。ときに、線路の敷設は利用者の視点を離れ、地域を「支配」する概念に変換されていく。鉄道は、ナショナリズムを目に見える形で刺激する。
 『海をわたる機関車』は、日本が明治以降、後発としての強みを生かし、先進国から技術の模倣と収斂(しゅうれん)を続けて独自の技術を高めていく過程が、当時の国際環境とあわせてつづられている。トップを走っていた英国は、職人的な製品の造りこみにこだわる。生産システムや技術の急な変化についていけなくなり、しだいに政治力頼みとなって米独に追い越されていく。
 著者はあとがきにこう、書く。「盗用」「模倣」と批判される中国の高速鉄道だが、「導入した複数の技術を徹底的に模倣し、すり合わせていくという手法で技術を蓄積する」代表例は、日独だと。時代はめぐり、いま、鉄道輸出に力を入れる日本に対して、国際市場を「正確に認識」し、「成功体験を乗り越え」るように促す。
 その機関車も飛行機も十分には造れなかった明治のころから第2次世界大戦敗戦にいたるまで、日本の版図拡大の野心と失敗を、交通網の視点で描いたのが『帝国日本の交通網』。副題を「つながらなかった大東亜共栄圏」とするように、補給、物資を流通させ、支配を実現するはずの鉄道、海運、港湾、航空のネットワークの貧困ぶりを、時刻表や路線図、統計などを用いて具体的に記す。
 たとえば、1942年に浮上した「大東亜縦貫鉄道」構想。日本から朝鮮半島、中国、シンガポールからビルマへ続く構想は、車両や線路の規格の違いを配慮しないばかりか、長大過ぎて沿線を管理しきれなかった。一貫輸送はできないまま、「砂上の楼閣」に終わる。南洋まで支配を広げても、軍需に汲々(きゅうきゅう)とする輸送では地域を「有機的に結合」できず、生活を維持できなくなって敗走に転じた日本をあぶり出す。
 さて、大国の野心を隠さない中国は、かつての「大東亜」と地理的な重なりも持つ広い地域を「シルクロード経済圏」と定め、勢力の拡大を狙う。冒頭の高速鉄道の積極的な輸出も、その一部である。ただ、彼らとて、自国の利と国威のみにとらわれて現地の生活に思いが至らなければ、交通が本来もつ結合効果を生み出せず、「砂上の楼閣」に終わるだろう。
 両書とも、薄っぺらなナショナリズムを超えて、現在に歴史をたぐりよせて考える機会をくれた。前者は機関車、後者には著者秘蔵の当時の乗り物の絵はがきの写真が数多く掲載され、楽しめる。
    ◇
 『海をわたる機関車』吉川弘文館・4212円/なかむら・なおふみ 66年生まれ。東京大学教授。『地方からの産業革命』ほか。▽『帝国日本の交通網』青弓社・2160円/わかばやし・とおる 67年生まれ。歴史・乗り物ライター。『羽後交通横荘線』ほか。

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