書評・最新書評

岡村昭彦と死の思想―「いのち」を語り継ぐ場としてのホスピス [著]高草木光一

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2016年03月20日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■「破天荒な生」から死を考える

 岡村昭彦は1960年代、「ライフ」誌を舞台にベトナム戦争報道でデビューし、70年代も報道写真家、80年代以降はバイオエシックスとホスピスの探求者として、歴史に名を残している。その死から30余年、今なお彼はこの社会を考えるときの素材を提供していると、著者は説く。
 本書は岡村を通して、我々のありうべき死を考えようとの評論である。まず岡村の青年期の生き方(医学部中退、「山村工作隊」と思(おぼ)しき政治活動、札幌での悲恋など)を追いかけて、この破天荒な生を全うした人物の表裏を見つめる。なにゆえにベトナムに赴いて写真家たりえたのか、そのあとアイルランドでホスピスを知り、なぜこの運動に没頭したのか、その「真実」を探ろうと思索を続ける。
 「世界史のシッポ」は、岡村が用いた独特の表現である。「世界史を怪物に見立てて、そのシッポを掴(つか)むこと、すなわち怪物に翻弄(ほんろう)されるのではなく、怪物をこちらから自在に操る起点を探しだすこと」が岡村の歴史観だったという。彼はベトナム戦争のあとアフリカのビアフラ独立戦争でシッポをつかんだと自覚した。著者は、岡村が世界を見つつ歴史という舞台を縦横に動くことで独自の深みのある史観をもったとする。
 この史観を構成する死生観について本書は多くの頁(ページ)を割いている。日本のホスピス史は、太田典礼の説く積極的安楽死や初の「聖隷ホスピス」病院から進んでいくのだが、岡村は末期がん患者を集めての病院は、「非常に回転率の良い医療施設」であり、「もしマックス・ウェーバーが生きていたら『新しいプロテスタントの倫理と資本主義の精神』という名論文を書く」と鋭く批判した。
 ホスピスを人権運動と捉え、看護学にも新しい倫理を提示して後進を育てた。こうした人物を抱えこむことによって、社会は一歩ずつ前に進むのであろう。
    ◇
 岩波書店・2916円/たかくさぎ・こういち 56年生まれ。慶応大学教授(社会思想史)。共著『社会主義と経済学』。

関連記事

ページトップへ戻る