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開発なき成長の限界―現代インドの貧困・格差・社会的分断 [著]アマルティア・セン、ジャン・ドレーズ

[評者]諸富徹(京都大学教授・経済学)

[掲載]2016年03月20日

[ジャンル]政治 経済

表紙画像

■民主主義が開く貧困層の未来

 世界が経済の変調に翻弄(ほんろう)される中、インド経済が好調だ。2015年度成長率はなんと7・6%。いまや中国を上回り、最も急速に成長する国の一つだ。だがその成長の果実は公平に分配され、人々の暮らしを改善しているのか。本書は、インドの現状への深い憂慮と舌鋒(ぜっぽう)鋭い批判の一方で、インドへの愛情に包まれた一冊でもある。
 著者たちは、インドの高度経済成長を称賛してやまない。他方で、顧みられない巨大な貧困層がなお存在し、階層間格差が広がりつつあると指摘する。経済成長の質を高め、人々の生活条件を改善するには、「成長」を「開発」(人間の自由と潜在能力の拡大)につなげる必要がある。
 そのためには政府が、成長の生み出す財源で教育、保健医療、公共インフラなどに投資しなければならない。だが、インドの公共サービスは惨憺(さんたん)たる現状で、特に教育と保健は機能不全だと彼らは嘆く。こうした事情が、衛生、識字率などの社会指標で、インドがサハラ以南アフリカ諸国にすら劣る惨めな結果をもたらしている。
 対照的に、隣国バングラデシュが社会開発面で躍進しつつある。その背後には、女性の「行為主体化」があるという。初等・中等教育で女性が男性を上回り、その労働参加率もインドをはるかに凌(しの)ぐ。女性の地位向上と社会的役割の拡大が、社会指標の好結果に反映されている。
 インドの虐げられた人々は、不平等や不公正を静かに耐え忍んできた。だがもう我慢せず声を上げるべきだ、と著者らは説く。たしかにインドの民主主義には特有の歪(ひず)みがあり、メディアも問題を覆い隠しがちだ。にもかかわらず、彼らに機会を開くのも民主主義しかないのだ。全編、抑制の利いたトーンだが、行間からは著者らの情熱がほとばしり出る。「温かい心と冷静な頭脳」が絶妙に組み合わさった、傑作といえよう。
    ◇
 湊一樹訳、明石書店・4968円/Amartya Sen インド生まれ、ノーベル経済学賞受賞。Jean Dreze 経済学者。

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