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触楽入門―はじめて世界に触れるときのように [著]仲谷正史・筧康明・三原聡一郎・南澤孝太

[評者]三浦しをん(作家)

[掲載]2016年03月20日

[ジャンル]科学・生物 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■心にも影響、「触る」驚きや喜び

 最近、自分の腕を体の下に敷いて寝る癖がついてしまったようで、目が覚めると手がしびれまくっている。その状態で枕もとの眼鏡を取ろうとしても、指さきの感覚がほとんど失われており、力の加減がよくわからなくて、うまくつかめない。そういうとき、「触覚」って重要なものなんだなあと思い知らされる。
 ふだんは「あって当然」と思いがちで、改めて意識することの少ない触覚・触感について、多角的に迫ったのが本書だ。「細胞という最小単位に還元しても、生命の続くかぎり触覚はあり続ける」そうで、生き物は「触る」ことを通して外界を(同時に自己を)認識しようとする。
 触覚から得られる情報は、私たちの心にも影響を与える。もふもふしたぬいぐるみを撫(な)でると安らぐ、というひとは多いと思うが(私もだ)、交渉事の際には、硬い椅子よりもやわらかいソファに相手を座らせたほうが、こちらの要求が通りやすい、という実験結果があるらしい。やわらかい触感が、相手の態度を文字通り軟化させるのである。全国の社長よ、いますぐ御社の応接室のソファがふかふかか確認してください!
 しかし触覚は、案外いいかげんなところもあるようで、しょっちゅう錯覚もする。本書では、手軽に体感できる「触覚の錯覚」がいろいろ紹介されているので、ぜひ試してみてほしい。実は本書の装幀(そうてい)にも仕掛けがあって、私は本のカバーを撫で撫でしては、「おおー、ほんとだ!」と触覚の錯覚を楽しんだ。
 新しい技術やデザインに、触覚・触感がどう採り入れられているのかなど、未来への希望を感じさせる話題も多く、わくわくする。視覚や聴覚をサポートする新技術が、続々と開発されているのだ。「触る」ことを意識すると、こんなに驚きや喜びがあるんだと、読みながら目から鱗(うろこ)ならぬ肌から余分な皮脂が落ちた(?)一冊だ。
    ◇
 朝日出版社・1706円/「技術に基づく触感のデザイン」の研究や開発、活用法の提案に携わるプロジェクト。

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